「行ってらっしゃい」
にっこりと最上級の笑顔を浮かべる
「………言っておくけど、逃げ出したりしたら噛み殺…」
「はーいはいはい。わかってまーす!」
「………まあ、外には見張りがいるから逃げられないと思うけど」
「だから逃げないってば」
更に笑顔でお見送り
恭弥は訝しげな表情を浮かべながら部屋を出て行った
ガシャン、と施錠音が聞こえた後、辺りは静寂を取り戻した
「うーん……今日も良い天気だねぇ」
思いっきり背伸びをして日の光を浴びる
恭弥がいなくなったこの部屋は、いつも以上に寂しい
にしても、この部屋の広さは尋常じゃない
玄関がまず広いし部屋もリビングの他に二つある
キッチンもお風呂もベランダも、みんな広い
それなのに住んでるのは一人だけ
私は彼の事を『恭弥』と呼ぶことにした
向こうが『』と呼んでくるから
「さーて、何しよっかなぁー」
恭弥がいないから何でもやりたい事を出来る
折角だからごはんでも作って用意しておいてあげようかな
………でも材料が無い。あの人いっつも外で買ってくるし
じゃあお掃除でもしたげようかな
………たいして散らかさないくせにこまめに掃除するからチリ一つ落ちてない
いっその事お洗濯でも
………洗濯物溜まってねぇよ
私の分の御飯もきちんと買ってくるし、服だって買い揃えてもらった。フリルの付いたキャミソールも、風にふわりと揺れるスカートも私好み
面白そうな本も何冊か置いてあるし、別に拘束されてる訳でも無い
つまり、何もせずにだらだらやってるだけで生きていける
これって、もしかして、もしかしなくても
ヒモ
うわああああいきなりすごい駄目人間になってる――――――!!!!
駄目だ!なんか駄目だ!少なくともバイトとか内職とかしないと!!
そこではっ、と我に返る
昨日まで自殺しようとしてたのに、もうどうやって生活していこうか考えている
そう思うと、なんだかとても笑えてきた
何故私はこうして生きようとしているのだろう
笑い疲れて、私はベッドに寝転がる
実は別部屋にソファーがあって、私はそこで寝かせて貰ってるのだが
今はそこまで行くのが面倒で恭弥のベッドに寝ている
ふと、ここの住人の事を考えてみる
さっき恭弥は学ランを着て出て行った
大人びてはいるけど、きっと学生なのだろう
黒髪黒目、学生でここの部屋の住人、無愛想、親はいない。一緒に暮らしてないのか、または死別か
拳銃を見ても驚かない辺り、相当場慣れしていると見た
これが、私の知っている『雲雀恭弥』の全てだった
余りにも知っている事が少なすぎる
かと言って、普通に聞いて恭弥が答えてくれるだろうか
それでももっと、知りたいと思う
でも、そんな事より手に職つけないとなぁ
ヒモなんてやだよ。働くべきだ
「………うん、こういう時はまず状況の確認よね」
私この辺の事何にもわかんないし
私はベランダの戸を開けて、外へ出た
手には私の足には少し大きい革靴。多分恭弥のだと思う。靴箱に入ってたし
革靴以外持ってないのかな。あいつは
クローゼットの中に無造作に入っていたロープを引っ張り出し、ベランダの手すりに引っ掛ける
強めに引っ張りロープが外れない事を確認
いざ、地上へ
「んーっ。いー天気だぁー」
ってか、ここどこ
マンションから出てきたはいいけど(実は最上階だった。おお恐っ)
あーでもアレかな。噛み殺されるかな
まあ本望と言う事で。命あげちゃったわけだし
てか恭弥が帰って来る前に家に戻ればいいんだよ。うんうん
視線を下に向けると、つくしがぽつりぽつりと顔を出していた
そうか、季節的にはもう春なんだ
て事は私は今年で……幾つだ?
まあ10代終わろうかってとこかな。もしかしたらハタチかもしれない
そんな事を考えてたら、どか。と何かが当たった音がした
音のした方を見てみると、ジャージを着た少年が一人
サッカーボールがこっちの方に飛んできた
私は足でサッカーボールを止め、爪先で真上に蹴り上げ手でキャッチする
「すいません!そのボール取って下さい!!」
「これ、あんたの?」
「オレのって言うか……学校のボールなんですけど」
サッカーボールを見ると、『並盛中』と書かれている
フェンスに近寄り、少年の側に駆け寄る
「あ、あの……上から投げてください」
「丁度暇してたんだよね。構ってよ」
「え?」
フェンスに足をかけ、一気に駆け上がって飛び越える
そのままフェンスの上から下に飛び降りる
下の方で驚いたような声が聞こえたけど、気にしないでそのまま着地
「てあんた怪我してんじゃん」
顔に擦り傷。鼻血まで出てるし
さては顔面でボールをキャッチしたな。運動音痴だこいつ
「保健室行こうよ。そのまんまじゃさすがにやばいでしょ」
「え、でもボール」
「向こうに蹴っとけばいいんでしょ」
ボールを手から離し、地上に着く前に少年が走ってきた方向へ蹴り飛ばす
ナイスキック自分
「さて、行こうか。保健室どっち?」
「あ、あっちです」
そう言って少年は校舎の方を指差す
「りょーかい。いざ出発!えーと。ポール君」
「誰ですかそれは…綱吉です。沢田綱吉」
「沢田君かぁ。私はね、って言うの。でいいよ」
「じゃあオレもツナで良いです。みんなそうやって呼んでるから」
「へぇ。可愛いあだ名」
沢田綱吉、か
確かリボーンがボンゴレ10代目に会いに行くって言ってて、その人もジャパニーズで、そんな名前だったような
でもまあ、こんなおとなしい子が10代目な訳無いよね
「保健室ここ?」
「でも…多分つばつけて帰されると思いますけど」
ツナ君がトントン、ノックを2回すると、やる気の無い声が中から聞こえてくる
「あー?何だ。男は診ねぇ……」
「あ」
「え?」
「あー!あー!!あー!!!」
「授業中だぞ!静かにしやがれ!!」
無理矢理口を塞がれそのままずるずると中に連れ込まれていった
後ろからドアがガラガラ閉まる音がしたから、きっとツナ君が閉めたんだと思う
「思い出した。トライデント・シャマル!」
「……何でてめぇがここに居るんだよ」
疎ましそうに私を見て、頭を掻く。癖なのだろうか
「何であんたここにいんの。指名手配中でしょ」
「指名手配中だからだよ」
「………あのー…」
私達の視線が声の主がいる方を向く
その声の主であるツナ君が気まずそうに話し掛けてきた
「お二人は、知り合いですか?」
「あぁ。うん、知り合いかなぁ?」
知り合いと言うには素っ気無い、それ以上の関係と言う程の馴れ合いの関係でも無い
「別に俺は、恋人って言っても構わねぇけどな」
「知り合いです。知り合い以外の何者でもありません」
と言っても、ただ単に一緒に仕事しただけなんだけども
「そんな事より、ツナ君が怪我したから診てあげてよ」
「俺は男は診ねぇ主義なんだ」
「………王妃に通報してやる」
そうぽつりと呟くと、シャマルは舌打ちをしてツナ君に椅子を指差し座るように指示する
それから薬品棚の鍵を開け、消毒液を棚から取り出した
する事の無い私は、使われていない綺麗なベッドに腰掛けた
保健室の独特の臭いを懐かしく感じないのは、私がこの部屋に世話にならなかったからだろうか
「何シャマル。ここでバイト?」
「バイトじゃねーよ。臨時で保険医やってんだ」
「じゃあさ、じゃあさ、私も雇ってくれない?」
「……まぁ、俺は別にいいけどよ」
いつの間にかシャマルは手早く消毒を終えて、テープを張り終えていた
「でもそういうのって、校長先生とかに言うんじゃないんですか?」
「そーなの?そしたら校長先生に言って…」
「?」
背後から聞きなれた声がして、私は一瞬体が硬直したような感覚になった
ツナ君も顔が青褪めている
気のせいだと思いたい。気のせいだ。気のせいなんだ
だってここは中学校。ジュニアハイスクール
不謹慎にも窓から土足で保健室に入ってきた気もするけど気のせい、気のせい
後ろを振り向けないのは恐いからじゃない。振り向く必要が無いからなんだ。そうだ。必要無い。このまま逃げようか
「家に帰るよ」
………首にトンファーを押し付けるのは止めてもらいたい
「痛い!痛いってば!!恭弥!」
腕を無理に引かれ、私は恭弥の家に逆戻り
これから殺されるかもしれないのに。一生ここから出られないかもしれないのに
帰り道にこちらから学校に向かった方が近道だったんだなぁ。とか暢気な事を考えられた自分が少し不思議だ
やっぱり私はおかしいのかもしれない。命に未練が無いみたいだ
「何も言わずにいきなり戻って来るなんてどういうつもり?ツナ君もシャマルも驚いてたじゃん!」
自分に割り当てられた部屋に戻るドアは恭弥によって塞がれてるので、恭弥のベッドに座る
その直後、ドッ、という鈍い音がした。その後に聞こえるパラパラという音
目だけをすぐ左に移したら、壁にトンファーが突き刺さっていた
コンクリートの壁じゃなかったっけ。この部屋
「――――――― 一つ、命を僕に捧げる。一つ、僕を置いて逃げない。一つ、僕に抗わない。一つ、僕の命を奪わない」
それは、私が本気と言いながら半分冗談で書いた誓約書の内容
だって、本当に命を捧げるなんて馬鹿げてるじゃないか
御伽噺や神話の類でもない、味気なくて面白味の無い只の現実なのだから
「次にどれか一つでも破ったら、噛み殺す」
彼は嫉妬深い男なのだろうか
否、
彼は、良い意味でも悪い意味でも、純粋なのかもしれない