かぶき町にあるよろず屋。
いつも賑やかな家に、今日は家主以外誰にも居ない事を事前に知らされ遊びに行く。
それで何も無いようにと願うのは、神様を信じてもいないのに手を合わせ祈りを捧げる行為のように馬鹿らしいと思う。
そんな事をぼんやりと考えながらも私は傷んだソファーに腰掛け、お土産に持ってきた饅頭を齧っていた。
隣に座る死んだ魚のような目をした男は、そんな私を横目で見ながら糖分の補給を行う。
その手が一瞬止まり、私は次に掛けられるであろう言葉を予測し、先手を打つ。
「……」
「何?あ、お饅頭おいしい?」
「ん…ああ、うまい」
タイミングを失った右手は、また新しい饅頭を掴む。
それに気づかないフリをして、私は湯飲みを傾ける。
予想通りの言葉を返すのなんて容易いけれど、それじゃあつまらない。
結果は決まりきっていても、その過程を楽しむ権利は誰にだってあるのだ。
「おい、」
「やっぱりお饅頭にはお茶だよね。こういう時日本人に生まれて良かったなぁって思うわ」
そうわざとらしく言い放つと、いつもぼんやりとしているその表情が僅かに険しくなった。
「……お前、わざとやってるだろ。温厚な銀さんもさすがに怒りますよ?」
「さぁ?何のことやら」
「てめっ、知らばっくれんな」
大きな手で手首を掴まれるといとも容易く視界が反転し、天井と影が差した銀時の顔が映る。
反応が楽しいからといって少し遊びすぎたみたいだ。
しかし、彼の手は私の手首を掴んだ状態のまま次に進むかで迷っているようだ。
強引なのかそうでないのか。変な所で謙虚な男だ。
「………」
「随分と無粋なのね」
相手の心情を理解していないような私の言葉に不機嫌な表情になり、開き直ったような口調になる。
「男は皆無粋なんだよ。優しくて機微の分かる誠実な男が好みかもしれねぇが、それは女が生んだ幻想だ」
「あら、長くここに住んでいるのに知らないのね」
自然と口角が吊り上がる。
きっと彼の目に映る私は、この上なく狡猾で、強欲な女に見えているのだろう。
「かぶき町の女は、皆無粋で不誠実な男が好きなのよ」
「……それは、随分と上手く需要と供給が成り立つもんだな」
その言葉だけでお互いの心を知るのには十分だった。
傷んだソファーがベット代わりで、馬鹿みたいに一つの物を求めるのもたまには悪くないんじゃないかしら。