自身の耳を覆い隠す、大きなヘッドホン。
周りの音が聞こえなくなる程の大きな音で、外から自分を遮断するのが好きだった。

視界に何も入れたくない時もあった。
そんな時は屋上でじっと空を見ながら、細かい意味など知らない洋楽を聞いた。



いつからだろうか。
そんな俺の視界に、一人の少女が入ってきたのは。




その顔には見覚えがあった。同じクラスの、窓側の席に座っている奴。

屋上から時折自分のクラスを見ていると、彼女が窓の外を眺めている姿が目に入ってきた。
こちらから向こうが見えているという事は、向こうからもこちらが見えていたのかもしれない。


「こんにちは、財前君」
「……どうも」
「あ、えっと、私の名前は」
「…。幾ら授業サボっててもさすがにクラスメイトの名前くらいは覚えてるわ」

俺の言葉をどう取ったのかは知らないが、彼女は顔を綻ばせて笑った。


「ねぇ、ここにいてもいい?」
「……別に好きにすればええ」


他人と一緒に居る事を嫌がる俺が、彼女だけは拒絶しなかった。



このとき既に俺は、彼女に惹かれていたのかもしれない。








屋上で過ごす時間は、いつもと変わらず過ぎていく。
いつも通りヘッドホンを耳に当て、ぼんやりするだけ。


ただ違うのは、俺が寝転がって空を見るのではなく、フェンスに寄りかかってコンクリートの壁を見るようになった事。
そして、俺の隣には彼女が座っている事。

特に何かを話すという事も無く、ただそこに座っているだけ。会話の無い空間。

それだけなのに、俺はそこに安心感と言うか、安堵感というか、何とも形容しがたい、温かい気持ちになった。



「財…、き……だよ…」
「……悪い、今聞こえんかった。何て言うた?」
「………ううん、何でもない」

音楽に紛れたその言葉は、俺には届かず宙に浮いた。









「白石先輩と付き合うことになった」


冬が近づいたある日、白い息を吐きながら彼女はこう言った。


こんな日にばっかり耳に掛けたヘッドホンは音楽を再生しておらず、彼女の声が鮮明に俺の耳に届いた。



「二日前に、白石先輩に告白されたんだ」
「…それで、返事したんか」
「……うん」

恥ずかしげに頷くと彼女は、今まで見たことが無いような表情をしていた。

喜びと戸惑いが入り混じった、幸せそうな表情。



「………お前、あんなんが好みやったんか」

それに比べて俺は低く、動揺した声。表情も暗い。

最悪。格好悪い。



「そんなんじゃないけど……すごく大切にしてくれるし、それに…」






「私の言葉を一言一句、聞き逃さないでいてくれるから」






寒々しい空気が流れる屋上。
こんなに寒くても、大阪に雪が降るのはきっともう少し先だ。



屋上には俺一人しか居ない。
今まではそれが当たり前だったのに、今となっては隣に人が居る事に慣れてしまっている。


俺は、鬱積した気持ちを吐き出すように白い溜め息を吐いた。
涙は流れない。流す権利など無いから。



世界中で愛されたヒットチャートが流れるヘッドホンを、俺は首に掛けた。









白い溜め息
(音の壁が取り払われたそこは、素晴らしい世界)