彼の隣にいる事は、底無し沼にはまっているような感覚というのが一番しっくりくる。



ここ数年私はまともに眠れないし、それが常となってから苦痛ですらなくなった。
世間一般で言う不眠症に認定されてから、私に熟睡という言葉は無いのだ。ましてやそれが欲しいとも思わない。

だから彼の隣で眠るという事は、熟睡ではなくて、彼の手によって沼の中に突き落とされたのだ。


深い、空も見えない泥溜りの中に。


「睡眠は大切だよ。だって頭も働かないし、テニスが思いっきり出来ないしー」

そして彼は学生の本分を完全に無視して眠る。

「あんたがそんなに緩いから、私まで眠くなるんだ」
「毎日真っ赤な目でいるよりはいいと思う」


そう言ってへらりと屈託の無い笑みを浮かべ、私を地の底へと誘うのだ。

他人の前で眠る事は私にとって恐怖だった。全てを相手に晒しているようなものだ。

私自身の意識は深い地の底。相手の挙動に抵抗する術は無い。


「それでも、生きていくには眠らなきゃいけない。眠らなきゃ身体が寝ろ寝ろって言うんだよ」
「だからって、あんたの隣でばかり眠くなるのはおかしい」

不機嫌を隠さずに相手に言い放つと、いつも半分だけ開かれている目が大きく開いて、また人好きのする笑みを浮かべる。

「それは、俺の隣が安心できるからぐっすり寝られるんじゃないかな。そうだとすげー嬉Cー!!」



人前で眠る事を恐れていると言うのに、今日も私は彼の隣にいる。
眠る事は怖い。しかし、彼だけは恐ろしいと感じない。



この感情は恐怖ではなく、むしろ好ましいものだ。
これを敢えて形容するのであれば、きっとそれは恋心。









生き残る術(ハロー、ここは地球の底)