「あーるーはれたーひーるーさがりー、いちばーへつづーくみちー」
日曜日の昼下がり、は上機嫌で鼻歌を歌いながら裏山へ続く道を歩いていた。
今日は授業も特別な予定も無く、一日中好きな事が出来る。
そう考えただけでの足取りは軽かった。
しかしは休みだからといって流行の着物や見世物を見に行くなどという事はせず、裏山に生息している動物達と遊ぼうとしている。
一日中動物達と遊んでいる事がにとってなによりも楽しい事であったし、有意義な休日の使い方でもあった。
だからはいつもより気分が良かったし、多少気を抜いていたのだ。
「にーばーしゃあがーごーとーごぉとー、こうしーをのせーていのわああぁぁぁ!?」
地面からいきなり手が生えてきて、の足首を掴んだ。
その拍子には驚いて尻餅をつく。
「な、ななな何?何事!?サプライズ!サプライズすぎる!!ペリー提督襲来並のサプライズだよこれ!?黒船だか黒王だかに乗ってくるの!?時代的に随分早くないかしらあぁぁ!!」
「先輩、私です」
ぼこりと地面が盛り上がり、そこから頭が飛び出してきた。
あちこち土で汚れてはいるが、その顔には見覚えがあった。
「……綾部?」
「はい、そうです。あと、先輩は提督と世紀末覇者を混同しています」
腕が出てきたかと思うと、次々と胸から上が地面から出てきた。
「………何でそんな事になってんの?」
「タコ壷を掘ってたら上から土が崩れてきて生き埋めになりまして」
「…………」
「いやー、びっくりした」
いつもと変わらない表情だが、綾部なりに驚いているのであろう。には全く分からないが。
「……とにかく、出ておいでよ。また落ちてきたら危ないし」
「………」
の言葉にも、綾部は無反応だ。足首を掴んだ手も離さない。
「……綾部?」
「先輩、今日はここで私と一緒に過ごしませんか」
「へ?」
急に発せられた言葉を理解するのに、時間を要した。
「……いや、これから裏山に行こうと思ってるんだが」
「特に決まった用事が無いのならいいじゃないですか」
「…だからね、その山でアニマル達と戯れるという用事がだね」
の言葉に、綾部はこの上なく不機嫌な顔をした。
「………遊びましょう、先輩」
「いや、だからね?」
「遊びましょう」
綾部は穴に入ったまま、の足首を引っ張り始めた。
当然のように、の身体は穴の中に引きずり込まれていく。
「いやあぁぁ!離して綾部ぇ!!」
「嫌です。今日はこのまま穴の中で過ごしましょう」
「何!?何で穴の中!?沼に引きずり込む妖怪みたいになってるよー!」
「穴の中は涼しくて快適ですよー」
「ばっかお前、北海道の冬の寒さなめんじゃねぇ…つうか重っ!その細い身体の何処にこんな重さがあんのよ!筋肉!?筋肉のせいなの!?そんな重い枷パージしちゃいなさい!!」
そうわめきながらもの身体はずるずると落ちていく。
「うわあぁぁマジで落ちるって綾部ぇぇ……って、あれ?」
大きな手がの手首を掴んでいた。
ゆっくり視線を上げると、緑色の袴が見えた。
「……ったく、何やってんだお前」
「食満先輩!」
の手首を掴んでいたのは食満だった。
地面に無造作に木槌や釘が散らばっている所を見ると、何かを修理した帰りのようだ。
「声がするから慌てて来てみれば……お前それでもくのたまか?」
「しょうがないじゃない!足首にでっかい重しがついてるんだから!!」
「は?」
整った眉を寄せ、食満はの手を掴んだまま穴の中を覗き込んだ。
すると、大きな2つの眼とばっちり視線が合った。
「……おい、綾部。離してやれ」
「嫌です。食満先輩こそ、その手を離してください」
「いい加減にしろ!伊作だけじゃ飽き足らず、今度はか?」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。第一、あれは善法寺先輩の不注意じゃないですか」
「違う!伊作は不注意なんじゃなくただ単に不運なだけだ!」
「………それ、綾部のせいじゃないじゃん」
ここまで傍観を決め込んでいたが、ぽつりと口を開いた。
「何言ってんだ。こいつの仕掛けた罠に伊作は落ちたんだぞ」
「だって、学校の敷地は目印さえつければ幾らトラップ仕掛けてもいいじゃないですか。それにはまったのは伊作先輩の落ち度だし、現に食満先輩は引っ掛かってないじゃないですか」
「う……」
「綾部は学園内で完成させた作品には必ず目印つけるし、どう考えても食満先輩がおかしいですよ」
「…………助けてやんねぇぞ」
「あーうそうそうそ!食満先輩が全部正しい!よっ、このイケメン忍者、略してイケ忍!!」
「分かった分かった。しっかり掴まってろよ!」
単純なお世辞でも気分を良くした食満は、の両手首を掴むと勢い良く引っ張り上げた。
負けじと綾部も力を込める。
結果、力が拮抗した。
「痛い痛い痛い!!裂ける!真っ二つに裂ける!なんか身体中引っ張られまくって世の果てでは空と海が混じるうぅぅぅ!!」
「綾部、いい加減離せ!」
「食満先輩こそ離してください。先輩が痛がってるじゃないですか」
お互い火花を飛ばし睨み合いながらも引っ張り合う力は緩まない。
「うあああ右肺と左肺が永久の別れを告げ始めたよ!右の腎臓と左の腎臓がさよなら大好きな人を歌い始めているうぅぅぅ!」
「何で手と足で引っ張ってんのに縦に裂けるんだよ!!」
「いけいけどんどーん!!」
食満の的確なツッコミが入ったのとほぼ同時に、辺りに土煙が舞った。
「な、七松先輩!?」
「おお、じゃないか。何してるんだ?」
「何してるっていうか引っ掛かってるっていうか何故か七松先輩に抱えられてます!何で!?」
「細かい事は気にしないっ!いけいけどんどーん!!」
綾部と食満を取り残し、七松(と)は裏山へと消えていった。
「う……うえええ、ぶええ」
「なんだ、つわりか?」
「担がれた位で人が孕むか!酔ったんだよ!!」
先輩への敬語すら忘れ、は担がれたまま胸辺りを押さえながらぐったりとしている。
そんな事すら気にしないと言わんばかりに七松は豪快に笑ってみせた。
「おお、そっかそっか。悪いな」
「って、こんな斜面で降ろさないで!前例があるでしょ七松先輩!中在家先輩から学んだ失敗を学習しましょうマジでお願いしますうぎゃあああ!!」
斜面でいきなり地面に降ろされたは、バランスを崩してごろごろと転がり落ちていった。
「うああああ………うぷっ」
「……?大丈夫か?なんかすげぇ泥だらけだけど」
上から転がってきたを受け止めたのは竹谷だった。
そしてその周りには竹谷を慕う動物達が集まってきている。
「………竹谷……」
「上からいきなり転がり落ちてくるからびっくりしたぜ。何かあったのか?」
心配そうに眉を寄せ、の顔についた土を親指で拭った。
その瞬間、の目が涙で潤む。
「たけやぁ……」
「お、おい。どうした?泣くなよ!」
「普通万歳っ!!」
は涙を溜めながら竹谷に飛びついた。
全く意味が分からず竹谷はいっぱいいっぱいだ。
「地味すぎてつまらんとか思っててごめん!あんたも苦労してんだねぇ!」
「……え?」
「勘ちゃんの台頭とかで更にキャラ薄くなってきてるけど、私あんたを応援してるよ!!」
「何かよく分からんけど、無性に腹が立つな」
この後無数のタコ壷に襲われる事など知らず、竹谷は自分のキャラ付け考え直した方がいいかな…などと思いながら一筋の涙を流した。