目の前で揺れる二つの白い塊。


ザルに載せられたそれを両手に持つのは一応私の恋人である兵助。
恋人であり決して変人や変態の類ではない……多分。




「絹か木綿か…どちらがいいだろうか……」





話は20分ほど前に遡る。


今日は日曜日。
授業も休みで委員会の仕事や学園長のおつかいも無い。


そんな中兵助は、食堂を借りて食事を作ってくれると言い出した。
その時は正直嬉しかった。
普段から勉強や委員会にばかり意識を向けて恋人の相手は二の次三の次である彼だからこそ、私だけに向けられるその優しい気遣いに大きな喜びとほんの少しの優越感を得た。




しかし私は失念していたのだ。
相手は久々知兵助。噂に名高い豆腐小僧。


それから色んな豆腐料理を思い浮かべては首を傾げたりあーだのうーんだの唸ったりして、しまいには絹豆腐と木綿豆腐どっちを料理に使うかについて考え始めた。


そして今、私は恋人に豆腐を2つ見せられどちらがいいかと問われている。
溜め息の一つも吐きたくなるというものだ。

机に置かれた豆腐を見比べても正直、どちらが食べたいとかそういった考えには至らない。




「絹は冷奴や餡掛け豆腐もうまいし…しかし木綿で唐渡の麻婆豆腐や豆腐ステーキなんかも魅力的だし…、お前はどっちがいい?」
「…どっちでもいいよ。私豆腐にそこまでこだわり無いし」
「なっ」

私の発言に兵助はわなわなと震え出した。


「……俺は、恋人に少しでもおいしいと思って貰おうと考えているというのに…」
「そういうもんかね?」
「当たり前だ!初めて手料理を振る舞うんだ、少しでも好みを近づけてやりたいと思うのは自然の摂理だろう!」

豆腐片手に持論を力説する兵助を見て、内心苦笑する。




「なら……兵助は、私の手料理なら何を出されてもおいしく食べてくれる?」
「そんなの当たり前だ!」
「うん、つまりはそういう事だ」

私が笑顔でそう言い放つと、兵助が訝しげな表情を見せた。


「私は兵助の手料理なら何だっておいしく食べられる。だから、兵助が好きな料理を作ってよ」


その言葉を理解した瞬間、兵助の顔はみるみる内に赤く染まっていった。
その顔を隠すように手で覆うが、隠れていない耳が赤く染まっている。


その反応があまりにも純粋で思わず笑っていると、ふいに抱き締められた。
肩口に埋められた兵助の頭が動くたび、少し擽ったい。



「………愛されてるな、俺」
「あはは、何を今更」

ぽんぽんと頭を軽く撫でてやると、抱き締める力が強くなった。
ゆっくり私から離れると、エプロンを着て机に置いていた2つの豆腐を取り調理場へと向かった。



「絶対うまいっていわせてやるからな!」
「はいはい。楽しみにしてまーす」


調理場に入っていく兵助を見送ると、私は食堂の椅子に腰掛け頬杖をつく。
今の私は絶対に緩みきった顔をしているはずだ。





「…愛されてるなぁ、私」



数十分後長机に所狭しと並べられた豆腐料理のオンパレードに、私は自信に向けられた愛の重さを実感するのであった。