図書室にやって来てこの顔をした男はいるか、という彼の言葉は、この上なく明快明瞭な問いだ。




「不破先輩は生憎、席を外しておりますが」


貸し出し机の前に座る私のその返答に彼は残念だとも何となくわかっていたとも言いたげな、複雑な表情を見せた。



「中在家先輩に傷んだ古書の修繕を共に、と頼まれ足りない道具を取りに向かわれただけなので、あと一刻ほどで戻られるかと思います。それまで、ここでお待ちになっては如何ですか」


私が彼に告げるとその提案に納得したのか、彼はあぐらをかいて座り込み私の目の前にある文机にもたれ掛かった。
決して行儀の良い態度とは言えないが、一つ上の先輩にそのような忠告をする気にならず、私は黙って本を捲る指先を進めた。


今日に限って図書室には私と彼の他誰もいない。
そこではた、とここ数週間のとある共通点に気づく。

はたしてそれは私の単なる妄想に過ぎないのか。
そんな疑問を抱いていると、目の前の男は口を開いた。



「きみ、何の本を読んでいるんだ?」
「…図書室では静かにお願い出来ますか」
「なあに、図書室の主は出払っているんだ。その上この部屋にはきみと私の他に誰もいない。きみさえ不快に思わなければマナー違反にはならないと思わないかい?」
「……別に、不快ではありません。鉢屋先輩の話は、私の知らないことばかりなので楽しいです」

思いの丈をそのまま伝えると、鉢屋先輩は不破先輩を真似た大きな眼をぱちりと見開いた。



「そ、そうか」
「はい。因みに先程の質問ですが、今はこの本を読み進めています」

栞を挟むと、本の表紙を見せた。


「化け物の術?得意分野だ。何故私に聞かない」
「色々とお忙しいと思いまして。こうして図書室にいらっしゃるのも、何か用があっての事でしょう?」
「あー…まあ、用といえば用だが」

珍しく煮え切らないような反応をするその表情は、優柔不断な先輩とうり二つだ。



「……その本を読んで、わからない事があれば聞くといい。何なら、一から手解きをしてやってもいい」
「…しかし、不破先輩に用があるのでは……」
「いいから。私の用など気にするな」

有無を言わせぬ口調で言い放つと、私の頭を撫でた。




「……………」

どことなく、確信めいたものを感じた。
具体的にはどうと言いがたいが、何とも言えぬ感覚。




「…妄言だと言うのであれば、いつもの調子で笑い飛ばして頂きたいのですが」
「うん?」


鉢屋先輩は、意図が掴めぬといわんばかりに首を傾げた。






「……鉢屋先輩は、私に会いに来て下さってるのではないでしょうか」
「………!」






核心を捕まれてしまったと言わんばかりのその表情は、少し愛しく、見えた。