!父さんとデートしよう!!」
「大はしゃぎっすね父さん。この上なく鬱陶しい。その着流しの袖を破って強制クールビズしてやりたい
「そんな所は陽子さん似だね」
「すいませーん。かーさーん。とーさんがセクハラしまーす」

母さんのマンドラゴンスープレックスホールドが見事に決まった


父さんの容態がちょっと心配な、12歳の夏







「何処に行くの?」
「テニスコート行きたいって言ってただろ?締め切りも過ぎたし、父さんが相手しようと思ってね」
「父さんじゃ相手にならんて。ジュニアと言えども一応賞取ってますし」
「この前は何だったっけ?」
「女子の部優勝」
「そうかー。いつの間にか優勝してたか」

スクーターに乗る着流しの父さんはアメリカではものすごく目立っていた
その後ろに乗るのは少し恥ずかしかったりする







「よし、それじゃ軽く打つか!」
「えー?本気でそのかっこで打つ気?」
「せめてスニーカーでも履いてくれば良かったな」
「着流しにスニーカーってのも合わないと思うけどね。てきとーに相手探してくるー」
「え!?父さんは!?」
「しらなーい。じゃ、また3時間後くらいにここで」

私は父さんを置いて壁打ちのできる個人練習場に向かうことにした






「297、298、299、300…っと」

壁打ちラリーを三百回続けたとこで、私は一息つく事にした
自販機に小銭を入れて、オレンジジュースのボタンを押す


「ねぇ」

ジュースのプルタブを開けると、下から声がした
一度横目で見てから、ぐっとオレンジジュースの缶を傾ける

ここら辺では珍しい、私と同じの黒髪黒目の……多分男の子

「………あたし?」
「他に誰がいるのさ」

辺りを見回してみると、誰もいない
平日だからってのもあるだろうか

「えーと、何の用?おとんかおかんはどした?てか何で日本語?」
「親父はどっか行った。日本語は日本人だから喋れるの当たり前」
「あ、そ」

オレンジジュースを飲み干すと、缶をくずかごに投げ入れた

「それで、何の用?」
「暇潰しに相手してよ。さっきのラリー見てた」
「どうだった?」
「そこそこ出来ると思ったから声かけたんだけど」
「ほー、たいした自信だね。上等だこのクソガキ」

自販機に立てかけておいたラケットを手に取ると、男の子は視線を試合用のコートに向けた




「試合は1セットでいい?」
「3セットやる体力無いんだ」
「3セットやるまでもないって事さ」
「随分自信あるみたいだね」

男の子は可愛い顔に似合わずものすごく黒い笑みでそう言った
あーこれは間違った大人に育ちそうだ。如何せん整った顔してるから将来は中々の悪女、でなくて。なんだ?悪男?ワル?いとわろし?









「ゲームセット、ウォンバイ!6−3!!」

セルフジャッジだったのにいつの間にか審判がいた
周りには野次馬がいっぱい

「お姉ちゃん俺とどっか行かない?」

ナンパしてる人までいる。しかも日本人だ
ここら辺で日本人は珍しいから周りのおねーさん達が群がってる

「馬鹿親父……」

男の子が何か小さな声でぼやいた

まあその辺は勝手にさせておくとして
私は正面を向き直り、ネット際まで歩いていく

「でかい口叩くだけあるね。年下で私から3ゲーム取ったのあんたが初めてだよ」

私が握手をしようと手を差し出すと、男の子は乱暴に私の手を払った

「もう1セット」
「え?」
「サーブやるから。もう1セット」

そう言って、不機嫌そうにエンドラインまで歩いていく男の子

!何やってるんだ!!」

フェンス越しに聞こえる日本語

「あ、とーさん。んな騒ぐ事無いじゃん。ただ試合してるだけ」
「子供といえど相手は男!父さん以外の男には近づいちゃ駄目だって何度言えばわかるんだ!!」
「Oh! Japanese kimono!!」
「It's handsome!!」

ナンパしてた男の人に群がっていた女の人が一気に父さんに寄ってきた
うーん。さすが子持ちといえど美形。しかも着物。珍しい上に綺麗だったらそりゃあモテますよね
うちの家族は性格異常者ばっかだけど顔だけは良いんだ。かわいそーにあのナンパ男

「えーっと、試合だっけ」
「……いいの?」
「うん。父さんがあんなんだから暫く帰れそうにないし」

いい暇潰しにはなるでしょ









結局、あれから5試合ぶっ続けで試合をやったのですが

結果、5勝0敗

さん完全勝利!!



「いやー、3セット目はさすがに焦ったよ。7−5だったもんね」
「………あんた、名前は?」
「なまえ?」
「覚えといてやるって言ってんの」
「おう。そりゃーありがたいこって。あたしの名前は。覚えとけよー」

ぐりぐりと頭を撫でると、ものすごく不機嫌そうな顔をした

私は頭を撫でてから落ちていたテニスボールを拾って、男の子に渡した

「プレゼント。特別に私のサインでも入れてやろーかね」

どこからともなく出したサインペンでテニスボールに筆記体で名前を書く

「ウイニングボールじゃなくて。なんだろ?負けボール?」
「いらない……」
「あげるんじゃないよ!貸しとくんだからね!!」
「は?」
「今度このボールでもっかい試合すんの。したら私に返してもいいよ」
「……意味わかんない」

男の子は帽子を脱いで、少し背伸びして私の頭に被せた
白の有名スポーツブランドの帽子

「んぉ?」
「あげる」
「おー、ありがと。じゃあ今度試合する時にでも被ってきますか」
ー!!!」

急に大声で名前を呼ばれた

「帰るぞ!マスコミが来てる!」
「はぁ!?何でマスコミ!?」
「誰かがタレ込んだらしい!もうすぐ取材者が来るぞ!!」
「あーもう!めんどくさいなー!!」

私はフェンスに駆け寄って勢い良くよじ登った
上まで上るとそこからは一気に飛び降りる

すると父さんがヘルメットを投げて渡してくる
私はラケットをバッグに入れ、ヘルメットを被りスクーターに乗った

乗るとすぐにエンジン音が聞こえる





「何でマスコミなんかが来るのかなぁ?」
「あの少年、ジュニアの男子の部優勝者らしいぞ。女子の部優勝者と男子の部優勝者が試合。そりゃいい話のタネになるだろ」
「えぇ!?あの男の子が男子の部優勝!?」
「あぁ。って何その帽子!いきなり仲良し!?父さん認めんからな!!」
「分かったから!前見て運転して!!」

一日限りの出会いだったけど、それがアメリカに住んでいて一番充実した一日だった
私の頭には、白の帽子があった















「………んがっ!!!」

思わず飛び起きると、何かに顔面からぶつかった
ごっ、とものすごく鈍い音がする

「うわっ!?!何でそんなとこで寝てんの!?」
「………………いやぁ。おはよーう」

私がゴロゴロ転がりながら出てきたのは、専ら荷物置き場に使われているベンチの下
寝袋持参ですともさ!!

「いやー、ちょっとフジコ聞いてよ。今すっげー懐かしい夢見たんだよ」
「うん、そんな事よりこんなとこで寝てた経緯について話して欲しいんだけど」
「アメリカでね、日本人の男の子がいてね、すっごく強くてね、名前がー………えっと、何だったっけなぁ」

なんかもうちょっとで思い出せそうなのに思い出せない

「ちーっす」
「あ、リョマ子!おっはよーう!!ねー聞いてよ聞いて!今ね、すっごい懐かしい夢見たんだよ!」
「………懐かしい夢?」
「強くてね、可愛くてね、日本人の男の子がいて、アメリカで試合した夢!」
「……は?」
「えーと、だから可愛い試合が日本人で強いアメリカが………あれ?」

何か色々こんがらがっちまったい!

「そーいや微妙に似てるかも。リョマ子に」
「………ふーん」
「リョマ子ってアメリカ住んでたんだっけ?あたいら会った事あるっけか?」
「………………………気のせいじゃないっすか」

リョマ子はロッカーにラケットバッグを押し込み、靴紐を結び始める

「うーん。気のせいだって。フジコ」
「それよりも部室で寝てたことの方が気になるんだけど」

くどいなぁ。フジコは


「まーいっか。その内思い出すべ」
「………………」

うぃー、と背伸びをして、私は部室から出た