「たーかつきぃー、ふぁいおっ、ふぁいおっ」

ずるずるずるずる

「たーかつきぃー、ふぁいおっ、ふぁいおっ」

ずるずるずるずる



ここは湘南の海。私と高槻は一週間の超短期強化合宿に来ていた。


「せーがくぅー、ふぁいおっ、ふぁいおっ、たーかつきぃー、ふぁいおっ、ふぁいおっ」

今高槻は腰に紐をくくりつけ、ゴムタイヤを引きずって砂浜を走っていた。
そのタイヤの上にはメガホンを持った私。

「ほらー高槻!声出てないよ!ふぁいおっ!ふぁいおっ!」
「馬鹿野郎…声、出るわけねぇだろこんな重いもん引きずって!!」
「なんだって、私が重いってか!しゃーすぞこら!しゃーすぞ!!」
「痛い!痛いっつーの!おい!砂投げんな!その場に落ちているものを巧みに使いこなすな!!

高槻のふくらはぎ辺りに砂を投げつけると、辺りに砂煙が舞った。
けぺっ。口に入った!けぺぺっ!!

「とにかく走れ高槻!私が応援してんぞー!」
「応援はいいから黙ってろ。それが一番の応援だ」
開始早々アイデンティティ崩壊するような事言わないでよ。いいから走りなさいっ!」

私が高槻の尻をべしっと叩くと(セクハラじゃないぞ。断じて!)、高槻はでっかい舌打ちをしてから走り出した。

「青春学園中等部―♪正式名称言いたくない♪だーぁってセンスがありえないー♪」
「……………」
「フジコは結構腹黒いー♪だーけどうちでは黒くないー♪」
「……………」
「タカさん全く出てこないー♪だーけどCD持ってますー♪」
「……………」
「高槻オーリジキャラなのにー♪じーつは結構人気者―♪」
うるせぇぇぇぇぇ!!!!!

高槻はタイヤごと私を投げ飛ばした。意外と力持ちィ!!


何で私と高槻がこんなスポコンみたいな事をしてるかと言いますと、話は昨日の夕方にさかのぼるわけです。






「三日間をくれって言うのは……どういう事だ?」
「あのね、全国でも高槻は私とミクスドでほぼ固定じゃん?だからさ、二人でコンビネーションの練習とかしたいなぁと思って」
「………………」

高槻は目をぱちくりとさせながら、私を見た。
結構貴重だなぁ、高槻のこういう顔。いっつもニヤニヤしてっし。

「いきなり黙り込んでどうしたぃ」
「いや、なんか珍しくまともな事言ってっから、ちょっと違和感が」
「たまには私だってまともな事言いますともさ。だって勝ちたいですし」
「…よし、珍しくお前がやる気出してるし。俺も協力してやるよ」
「よっしゃ!じゃあまずは乾のとこ行こう!」
「乾?何でだ?」
「二人の弱点を教えてもらってそれを克服するためだよ!」

私は高槻の首根っこを掴んで全力疾走で部室でデータ整理をしている乾の所へ向かった。




は自分勝手なプレイを止める事。高槻は体力と筋力の強化だな」

酸欠でゲフゲフ言ってる高槻を横目に、乾はズバッとそう即答したのでした。

「データも見ずにアナタ、ズバッと言いますね」
「ミクスドが始まった時から分かり切っていた事だ。お前たちも気づいていただろう?」
「「……………」」

私と高槻は、目線だけでお互いに見合わせた。

「今まではそれでも個々の能力が高いからやって来れた。だが、全国ではそうは行かない」
「……うん、まあ…高槻、部活終わった後ボロ雑巾みたいになってるもんね」

私がそう言うと、高槻は不服そうに首を擦った。
機嫌が悪いときにする高槻の癖だ。

が何故スタンドプレイに走るか分かるか。後半体力が尽きて動きの悪いお前をカバーしようとするからだ」
「いや、乾…私は別にそういうつもりじゃ」
「甘やかすな。テニスプレーヤーなのにトレーニングを怠りこんな細い身体をしているこいつが悪い」
「でも、高槻はそれを補うテクとか頭の回転の速さとかがあるし」
「だからこそ体力と筋力をつけろと言っている。宝の持ち腐れだ」

乾にボロクソに言われ部室を出て、帰り道を歩き出した。

「…あー、まあ、俺割と筋肉つきやすい体質だし、今からでも筋トレするわ。とりあえずトレーニングの量増やして「甘い!!!」
「は?」
「勝つ為に筋肉付けなきゃなんないならやるよ!てってー的に!!」

『鬼コーチ』と書かれたハチマキを巻き、高槻にびしっと人差し指を突きつけると、指先にある高槻の表情がいつものだるそうな表情に変わった。

「そーだ、合宿やろうよ!!五日間!特別申請したら部長代理も許可してくれるって!」
「おい待て、なんか話が飛躍してないか!?」
「合宿場所なら大丈夫!うちのとーちゃんの周りの黒い人が手配してくれる!じゃ、朝5時に駅集合ね。始発で行くよ!よっしゃ。帰って準備しなきゃ!」
「待てって!俺明日は7組の子とデート……」





そして次の日の朝、駅には寝不足でぐったりした高槻が居ました。

「おはよー高槻!さぁ、張り切っていこーか!」
「……大声出すな。頭痛くなる…」

へろへろな高槻を引きずりながら、電車に乗り込みました

「どーしたぃ高槻。イケメンが台無しだよ?イケてるメンズがイケてないメンズになってるよ?」
「……5日分組んでたデートの日程がどっかの誰かのせいで全部ぶち壊されたからその分の電話とフォローに追われて寝れなかったんだよ」
「電話に一晩かけるって…それ何人とデートするつもりだったんよ」
「7人」
「うーわ最悪。結果的には真っ当な人間に更正してあげてるんだからむしろ感謝して欲しいよ」
「真っ当でない人間に更正されたくなんかないっつーの」

二人でコンビニで買ったゼリードリンクをずるずると啜りながらぐだぐだと話した。
始発の電車の中には誰にも居ない。あ、隣の車両に他校の女子生徒が居た。

「つか5日間かわいーちゃんとデートしてると思えばいいべや」
「…ツルペタ幼女の貧相な乳拝む位なら大崎の無駄にでかい乳拝んだ方がまだマシだ」
「なんだ。私より大崎の方が好みか」
「二択なら大崎だな。可愛げが無いから手出さねーけど」
「でも大崎ああ見えて女らしいとこあるんだよ。料理上手いし」
「ほー」
「お弁当のウインナーもたこさんとかかにさんとかじゃなくてシャチホコとか錦鯉とか作れんだよ
そのチョイスが女らしくない
「えー、上手いのに」

あれはもう料理じゃないね!芸術だね!

「あいつも常識人に見えてやること時々おかしいよな……」
「まあ私と一緒にいるくらいだからね!」

そんなこんなで電車に揺られ、バスに揺られ、若干乗り物に酔いながら合宿場所に着きました

「着いた!」
「おー、二人で使うにはもったいないな。これ」

すごいなあ。やるなあ黒い人。

「さて、まずは何からやるんだ?」
「やっぱさ、海辺って言ったらこれっしょ!」

私が取り出したのは、ゴムタイヤと縄

「……まさかだよな」
「そのまさかですよ」

そして冒頭に戻るのです






「あーっちぃ!これ以上痩せたらどーしてくれんだおい」
「その分筋肉付ければいいじゃん」
「……つか、腹減った。飯食おうぜ」
「無いよ。用意してないもん」
「だろうなって思ったよ」
「んぉ?」

砂浜にばったりと倒れた高槻とその傍にいる私に影が差した
見上げると、一瞬陰になって見えなかったけど、それはよく見知った顔だった

「フジコ!何でこんなとこいんの!?」
「乾から監視役を頼まれたんだよ。と高槻だけじゃ無茶するだろうからって」

フジコの手にはスーパーの袋とテニスバッグ

「ロッジ借りてるんだよね?寝るとこあるかな」
「うん。まだまだベッドは空いてるよー」
「そっか。良かったね、越前」
「……っす」

フジコの影から出てきたのは、同じく大きなスーパーの袋とラケットバッグを担いだリョマ子だった

「げっ」
「………どーも、先輩」

リョマ子は今までに無いほど爽やかな笑みを浮かべた
うあーあーあー昨日の今日だからなんか気まずいよー

「ちょ、ちょーっとフジコ!あんたこっちに来なさい!!」

リョマ子と高槻をその場に置いて、私はフジコを音速で連れ去った

「フジコ、何でリョマ子まで連れてきてんのさ!」
「乾と話してる時に途中で会ったんだよ。それで、のとこに泊まり込みで行くって言ったら自分も行くって聞かなくてさ」
「……家の人が心配するでしょうに」
「親にはちゃんと言ってきてるみたいだよ。テニスの合宿だって言ったら了承してくれたって」

そう言って、目線だけをリョマ子に向けた
リョマ子に少し離れたとこで高槻に買って来たポカリを差し出していた

「あーあーあーもう何で来るかなぁ!こちとら昨日の今日で気持ちの整理もついてないのにさぁ!」

つーてもフジコはなんも知らないのか。このお気楽者が!!

「……、越前と何かあった?」
「え、なんだって?千円札の野口英世が世界のナ●アツに見えてしょうがないって?大丈夫だよフジコ!そう見えてるのはフジコだけじゃないさ!
誤魔化すにしてももっと上手く誤魔化してよ

くそう、誤魔化しきれなかった!!

「そんなに越前と一緒に居るのは嫌?」
「あー……嫌っつーか、なんつーか。気まずいのは確かだけど」
「そう。じゃあ、僕が目の届く所は配慮してあげるよ」

フジコはにっこり笑って(いや、いっつも笑顔だけど)私にそう言った

「……なんとなく笑顔が腹立たしいなぁツッコミの分際でとか思ってたけどいざって時には役に立つね、フジコ!」
うん、その常時本音だだ漏れなのどうにかした方がいいと思うよ



こうして、5日間の合宿が始まったのでした。