出会いは何気ないものだった。
俺はいつものように部活に行く前に近道となる公園の中を通りかかった。
そこで、耳に届いてきたのだ。
ギターの音と少女の歌声。
気付くと俺はその少女の前で足を止め、声を掛けていた。
「ねえ、その歌って一昨日発売された新曲だよね?」
その声が自身に向けられている物だと気づくと、少女は演奏を止め視線を俺に向けた。
黒のワークキャップはその少女にはサイズが少し大きいらしく、帽子のつばを先程まで弦に触れていた右手で上げた。
そこには、小さな顔に反して意志の強そうなぱっちりとした大きな眼。
「……そう。この前テレビで聞いて、かっこいいなと思って」
「その曲もうバンドスコア出てたんだ?知らなかったなー」
彼女が演奏していたアーティストの曲は、俺も好きでよく聞いている。
バンドスコアも何冊か持っているが、そこまで早くバンドスコアが出ているとは知らなかった。
自身のチェックの甘さを悔いていると、彼女から想像していなかった言葉が返ってきた。
「…ばんどす、こあって、何?」
「…………え?」
予想外の返答に、俺は理解するのに長い時間を要した。
「そもそもばんどすって何。ばんどすのコア…だから、中身って事?ますますわかんね。ばんどす……」
「え、ちょっ、ちょっと待って」
思考が追い付いていない間も、彼女はばんどす…ばんどす……と謎の物体について思考を張り巡らせていた。
「ああ、モルディブの都市の名前か」
「違うよ!何でこのタイミングでモルディブの話なんかしないよ!」
「まあそうだよね。ごめんね、溢れ出る知識を抑えきれないよ私博識だから」
「そ、そんな事より、バンドスコア無しでどうやって演奏してるの?」
当たり前のような俺の疑問に、彼女は不思議そうに首を傾げながらこう言った。
「え、テレビでやってたから…こう、聞いたまま演奏して……」
そう言えば、彼女の周りにはギター以外に広げられたものは無い。
そばにあるのは空のギターケースとチャックが閉まったままのスクールバッグだけだ。
当たり前のように言う彼女だが、その曲はテレビでは2、3回程度しか放送されていないはずだ。
しかもCD自体の発売は一昨日。耳で聞いて簡単に演奏出来るほど簡単な曲でもない。
「……ねえ、君…どこのバンドに所属してるの?」
「どこも。バンドなんてやった事無いよ」
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺は彼女の手を引いて走り出していた。
「謙也、すごい子見つけてきたよ!!!」
ドアが壊れんばかりに開かれ、そこに千石と見慣れない少女が飛び込んできた。
「この子すごいよ!耳コピで譜面無くても完全コピー出来るんだって!」
「とりあえず落ち着け。その首根っこ離したり」
首根っこ掴まれて俺の前に差し出された少女は、不機嫌ですと顔に描かれたような表情をしていた。
「この人にいきなり拉致されて、何処に行くんだと思ったらうちの学校だったなんて……休みまで学校来たくないよ」
「ん、お前うちの学校の生徒か?」
俺が少女に問うと、首を縦に振った。
「。クラスは2年A組」
「2年か…、楽器何やっとるん?」
「でいいよ……ギターをちょっとだけ。父親が昔使ってたやつだから古いけど」
はギターケースからギターを取り出して俺に見せた。
確かに年季が入っているようだ。弦だけが新しく張り替えられている。
「これ、ストラトキャスターのレアモデルだよ!俺初めて見た!」
千石が一人テンション高めにのギターを眺めている。
俺には正直その価値が分からないが、とにかく良いギターらしい。
「、今部活は?」
「帰宅部」
「バンド活動は?」
「やった事無い」
「バイトは?」
「めんどい」
からは至極単純な答えが返ってきた。
「よっしゃ、決まりや。、うちの同好会入ってくれ」
「は?」
「自己紹介がまだやったな。俺は3年B組の忍足謙也。そんで、こっちのオレンジ頭が千石清純。クラスは3年D組」
「よろしくー」
千石清純と紹介された男は、へらりとだらしなく笑うとの手を取り握手をした。
「俺達は軽音部の部員や……って言うても、部員は俺と千石だけやからまだ同好会扱いやけどな」
「待って。全く展開が読めん」
が訝しげな表情を見せた。
「俺達3年だからさ、今年が最後なんだ。学園祭でバンド出演もしたいんだけど、同好会は出して貰えないから」
「……それで、私に部に入れと?」
「出来れば部に入って、俺達とバンド組んで貰えると嬉しいかな。今からだと経験者が入ってくれた方が良いし」
「…えー……いきなりそんな事言われても」
頬を掻きながらうーん、と唸った。
「、お前バンドやった事無いんやろ?」
「うん。一人でギター弾いてるだけ」
「バンドは楽しいと思うよ?きっと一人で弾くより良い音楽が作れる!」
「……楽しい?」
「せや。1年間、絶対に後悔も退屈させへん。お前の学校生活毎日おもろくさせたるわ」
俺の言葉には僅かに考え込み、それから納得したように顔を上げた。
「その言葉、忘れないでよね」
こうして、ずっと2人きりだった軽音部に新しい風が吹き始めた。