「はあ…何でわかんないかな。ただ普通に明るく健全な部活動勧誘をしてただけなのに」
「お前鏡見てみ。不健全極まりないモンが映っとるから」
あの後生活指導の教師にたっぷりと説教をくらった達は、肩を落としながら(謙也だけ)3年B組の教室に戻っていた。
「…にしても、どうしようねぇ」
謙也の暗い表情とは裏腹に、清純の表情はいつも通りの明るいままだ。
「軽音部は今年の部活動勧誘禁止、だなんて」
露出狂のような格好で指定区域外の場所での部活動勧誘は、確かにインパクトは絶大で他のどの部よりも目立っていた。
しかし、その勧誘に払った代償は大きかった。
生活指導の教師から今年度の部活動勧誘を禁止されたのだ。
停学や部の設立禁止と言われなかったのが幸いだが、部員勧誘が出来ないとなると新入部員の獲得は厳しいものとなった。
「どうすんねん…あと一月ちょっとで2人て……」
「まあまあ、楽観的にいこうぜ。昨日の勧誘でSMプレイ好きが来るかもしんないし」
「んな変態どこにおんねん!!」
そんな話をしたのが一昨日の話だ。
そして謙也は今、信じられない光景を目の当たりにしている。
「一年という短い期間ですが、よろしくお願いいたします」
「あと…部活は、軽音部に入ろうと思ってます」
「新入部員が来る!?」
3人は千石が所属する3年A組に集まっていた。
部室を持たない彼らは、人のいない教室を探して集まる為特定の場所に留まらない。
「ああ…俺のクラスに今日転校生が来てな……あん時撒いたビラ拾って軽音部の事知ったみたいで…」
謙也が事の成り行きを話している間、は腹立たしい程のどや顔で2人を見ていた。
2、3発殴って教室の窓から叩き出したい衝動に駆られるが、相手は一応女の子で新入部員入部のきっかけとなった事は確かなので、謙也は握った拳をそっと納めた。
「その人連れてくれば良かったのに。入部したいなら謙也が声掛けて連れてくれば手っ取り早くない?」
清純の一言に、謙也はうっと言葉を詰まらせた。
「そういやそうだね。何で連れてこなかったの?」
の疑問に、謙也は少し言葉を濁らせながらこう呟いた。
「……心の準備が出来て無かったんや」
「「へ?」」
と清純はぴったり声をハモらせ間抜けな声を出した。
それから堰を切ったように謙也がわっと喚きながら机に突っ伏した。
「したってお前、ほんまにSM好きのド変態やったらどないすんねん!そんなん俺耐えられへん!SMプレイに興じる趣味は俺には無い!!」
「アホか!この期に及んで何部員選り好みしてんだよ!!」
「髪白かったし制服ユルユルやし!きっとパンツの紐も緩いんや!ダース単位で女が居るんやあぁぁぁ!!」
「受け入れろ!ドSだろうがドMだろうがペドだろうが熟女マニアだろうが受け入れる覚悟を持て!」
「嫌やぁ!俺は健全なバンド活動がしたいだけなんや!!」
が謙也の肩を揺さぶりながら無茶苦茶な諭し方をしていると、教室のドアが開かれた。
「…盛り上がってる所悪いんじゃが、軽音部ってお前らかの?」
その声に3人が反射的に振り向くと、そこには銀髪が印象的なな細身の男子生徒が立っていた。
「えーと、名前と出来る楽器なんかがあったら教えて欲しいんだけど」
千石が部誌(と言う名のただのノート)とボールペンを手に質問を始めた。
「名前は仁王雅治。楽器は、これ」
雅治はギターケースを開けると、中からエレキベースを取り出した。
「フェンダーのジャズベース!うち今ベースいないんだ。丁度良かった!」
「そりゃ良かったの。前住んでたとこでもバンドやっとったから、多少は弾けるぜよ」
嬉しそうな声を上げる千石を横目に、謙也は違和感を感じていた。
謙也がその違和感に気付くのに、さほど時間は掛らなかった。
「つか、喋り方おかしないか?」
「ああ、さっきまで話してたのは営業用。いつもはこういう話し方じゃ。嫌なら変える」
「いや…別にええけど」
「それより……お前か、新入部員勧誘する時にビラ振り撒いてたんは」
雅治が視線を横にずらすとそこには既に興味が他に移ったのか、アンプに繋がずにギターを弾くがいた。
自分に声がかかっていると気づいたはギターを弾く手を止め、視線を雅治に移す。
「名前は?」
「。2年」
「ほー、随分とふてぶてしい後輩じゃの」
雅治は興味深げにに近寄った。
そこで謙也がはっと我に返ったようにと雅治の間に割って入る。
「ちゃ、ちゃうねん!こいつは目立つ為だけにあんな格好しただけで、別にそういう趣味があるんとちゃう!そりゃ、多少ふてぶてしくて頭がおかしくてネジが2、3本どころかダース単位で吹っ飛びまくっとるけど!!」
「え、なに。清純、こいつ先輩だけど殴っていい?失礼にも程があるんだけど。グーで殴った後チョキで目潰ししてパーで引っ叩いてもいい?」
「一応俺達の部長だしバンドマンだから我慢してあげてー。ちょっと頭の中が可愛いだけだから」
何時も通りののんびりとした口調で清純がやんわりと制するが、はバキバキと関節を鳴らしながらゆっくり立ち上がる。
「あっはっは、多少殴られた方が男前になるんじゃないかな」
「やめとき。ギタリストは手が命じゃけぇの」
「……それもそっか」
は僅かに思案した後、ぱっと握り拳を解いた。
「…なんか釈然とせんわ。俺は誤解を解いてやろうと思うただけやのに……」
「そんなのいつもの事でしょー?」
「ちゅうか、お前が誤解しとるぜよ。俺は別にそういう趣味がある訳でも、をそういう対象として見て入部した訳でもない」
「……え、そうなん?」
「大体、バンド活動しとったら女なんぞわんさか寄って来るじゃろ。わざわざバンド内で彼女作らんでも」
「よし、こいつ一発殴ろう!!」
「千石!?」
「……どうやら清純と謙也には出来なかったみたいだね、彼女」
「………まあ、何となく分からんでもないがの」
こうして、軽音同好会に4人目の仲間が増えた。
しかし、部昇格には最低でも部員があと1人必要だという事を、今の4人はすっかり忘れていたのだった。