ここは許斐学園の屋上。
今日も空き場所を探してふらふらと彷徨った4人は、結局屋上へと辿り着いた。



「とまあこうして4人目の部員が入ったが、俺達のする事は変わらん」
「部に昇格するにはあと1人だもんね。こうなったら何が何でもあと1人どこかから連れて来て、部費も部室もしっかり頂いちゃおうよ!」
「せやな!あと1ヵ月はあるんや。1人くらいどうにかなるやろ!」


これからの部活動に活路を見出した2人は、きらきらと目を輝かせ部員獲得に意気揚々としている。


一方、新入部員の2人は




「山手線ゲームー」
「いぇーい」

やる気のない掛け声と共にだらだらと山手線ゲームを始めた。


「ファーストビジョン」
「センタービレッジ」
「ラッシュ」
「エッジ」
「グローリークエスト」
「えー…アテナ映像」
「……サムシング」
「あ、メディアフォレスト!」
やめなさい!その不健全な山手線ゲームやめなさい!!


思い切りアウトラインの山手線ゲームは、謙也の説教で強制終了した。



「不健全だって分かるって事は謙也も十分不健全だよ」
「謙也だって男じゃし、仕方ないじゃろ」
「買うてへんわ!そして見てへんわ!!」


良い子はググっちゃいけないよ!




「それよりもあと1人なんとしても部員を集めるんや!」
「………」
「………」



説教された2人は不満げにお互いの顔を見合わせた後、じろりと謙也を見ながら低い声で呟き始めた。





「……熟カレー」
「毛虫の移動」
「5分で出来るカップ麺」
「じっくりことこと煮込んだスープ」
「ウミガメの産卵」
「シメジの栽培」
やめたげて!待ち時間の長い物ばかり並べ立てて謙也をいじめるのはやめてあげて!!


ガタガタと震えだした謙也を見かねて千石が謙也と2人の間に割って入った。









「つかさ、あんたら新入部員獲得に躍起になりすぎじゃない?」
「したって、あと一人部員を集めないと部に昇格出来へんし…時間かてあと1週間しか……」
「なんだかんだで2人増えたわけだよ?あと1人くらいどうとでもなるわい!それより軽音部の活動っつったら楽器の演奏でしょ!」
「そんな事言ったって、ドラムセットもアンプもここには無いし…」


千石がそう呟いたところで、仁王は座っていた段ボールからアンプを取り出した


「え!?」
「サイズや音質はまあ、練習用じゃから多少見劣りするが…」
「それ、どこから持ってきたの?」
「学校の倉庫から発掘した。埃被っとったけど壊れてはいないようじゃ」

ぱたぱたとまだ少し残っていた埃を払う仁王を呆気に取られたような表情で見る千石と謙也を見て、はあからさまなため息をついた。

「仁王センパイは部の為にこうして動いてくれたというのに、他のセンパイと来たら……」
「うっさいわ!こんな時ばっか先輩を強調すんな!普段はタメ口で先輩を先輩とも思とらんくせに!!ほらやるで!曲は……あ、そういや…ドラムセット…」

はうーんと唸ってから事も無げにこう言った。


「さすがにドラムセット一式屋上には持ち込めないし、まあ口で」
ボイスパーカッション!?






その頃一方、音楽室では吹奏楽部が部活動をしていた。


「部長、部員全員が揃いました」
「そうか。では、本日も活動を始めズギャーン!!


突然、音楽室に轟音が響き渡った。


「な、何の音だ!?」


轟音が響き渡った後に、力強いと言えば聞こえの良い、彼らにとっては煩いだけのボーカルが聞こえてきた。



換気の為に音楽室の窓を一時的に開けていた事と、音楽室が最上階にあり屋上との距離が非常に近かった事が災いした。

吹奏楽部の部長と副部長、数名の部員達は耳を押さえながら音のする方へと向かっていった。




「君達!こんな所で何をしてるんだギャルルルギャーン!!!
「I'm a highway starぁぁー……あ?」


屋上の入り口から十数人の生徒が入ってきた事に気づいたはギターを弾く手を止めると、他のメンバー(ボイスパーカッションを諦めた謙也を除く)に演奏を止めるよう合図した。


「君達はこんな所で何をやっているんだ!」
「…部活動」
「部活動?君達のような部があったのか?申請はしたのかね?」
「まだ同好会だから。その内部になるけど。つか、あんたら誰」

不躾にそう聞いたに若干の苛立ちを感じながらも、吹奏楽部の部長は眼鏡を押し上げながら高らかに自己紹介を始めた。


「僕は許斐学園生徒会長及び全国大会進出を2年連続で果たしている吹奏楽部部長、佐藤敏男!!この学園で僕の名前を知らない生徒などいない!」

自慢気に自己紹介をした佐藤を見た後、軽音部のメンバーは顔を見合わせた。



「佐藤敏男…」
「さとうとしお……」
砂糖と塩…なんか調味料みたいな名前じゃの
もとより知らん

そうばっさりと切り捨てたに佐藤は更に不快をあらわにした。



「で、その…何の用だバルサミコ」
「誰が酢だ!とにかく、ここでの演奏を即刻取り止めてもらおうか!我々吹奏楽部の活動の邪魔だからな!!」
「は?なにそれ。ナンプラーにそんな権限があんの?」
「誰が油だ!…君達は部を設立すると言ってたな……生徒会長の権限で、それを取り止める事だって出来るんだぞ?」
「……職権濫用もいいとこじゃの」
「何とでも言え!これだな、騒音の原因は!!」

眉間に深い皺を刻み付けながらずんずんとアンプに近づいていき、コードを引っこ抜いた。



「あ、馬鹿っ…」




ギュアアアアアン!!!



突然辺りに響き渡った耳をつんざくような音に、皆一斉に耳を押さえた。




「……アンプは音量を下げてから引っこ抜かないといけないって知らんのか!お前それでも吹奏楽部の部長か!!アンプ駄目になったらどうしてくれんだよ!」
「うるさい!そもそもお前達がこんな所で騒音を撒き散らすからだろう!!」
「何それ責任転嫁にも程があ「はいはいはい!すまんかった、俺たちが悪かった!演奏は止めるから許してくれや!」

一触即発の空気に慌てて謙也が割って入り、を抑え付けた。



「離せ謙也!生徒会長だからって言って良い事と悪い事があんだろーが!!」
「アホ、こんなとこでつまらん揉め事起こして何になる!部を設立するまでは穏便に過ごすんや!」
「ふん、君はその女子より己の立場が分かっているようだな」

勝ち誇ったような表情で言うと、くるりと身体を反転させた。



「さあ吹奏楽部の諸君、帰ろうか!貴重な練習時間を15分も潰されてしまったからな!」

屋上から出ていく佐藤に続き、吹奏楽部の部員達は続々と姿を消していった。
最後に副部長らしき女性徒が出ていく時にちらりと後ろを振り返り、を見て鼻で笑ってこう言った。


「下品で貧相な女。うちの学校の品位が疑われるわ」





タイガーアッパーカーット!地獄突き!地獄突き!地獄突き!!

が脳内で吹奏楽部の部員達を倒しまくってる妄想をしている横で、男3人は円を組んで話し始めた。



「女ってやっぱおっかないわ…ちゅうか、あれ誰や?」
「3年E組の幸田さん、だったかな。吹奏楽部の副部長で、生徒会でも副会長。実質的に、あの会長の右腕的存在みたいだね」
「……随分と詳しいのぅ」
「もちろん!というか、うちの学校の女子生徒は皆把握してるよ」
地獄突き地獄突き地獄突き地獄突き地獄突き……
「…そろそろ止めないと、実行に移しそうだね」
「え、えーと!、さっきの曲なんて曲や?聞いた事はあるんやけど…」

慌てて謙也が話題を移すと、はぐるりと首を90度回転させ視線を謙也に移した。



「ディープパープルのハイウェイ・スター……リッチー・ブラックモアのギターソロがかっこ良くてさ…」
「うん、真顔で解説するのやめといた方がいいと思うよ。普通に怖い」
「ちゃんと聞いた事無いんか?俺CD持っとるぜよ。が弾きたいって言うとったからバンドスコアも」


仁王は鞄からバンドスコアとCDを取り出すと謙也に手渡した。



「おお!出来る事なら流して皆で聞きたいけどなぁ…」
「CDラジカセなら一応視聴覚室から拝借してきとるが…」
「……ここじゃコンセントは無いよねぇ…」
「仕方ないじゃろ。活動場所の予測までは出来んかった。ただ、広い教室に行くかもしれんから延長コードは持ってきとるが……」
「…………」
「…………」







その頃、音楽室では



「次回の音楽会ではベートーヴェン交響曲6番と、シューマンのピアノ協奏曲を演奏します」
「作曲者の意図を汲み取る為にも、まずは皆に原曲を聞かせようと思う。幸田君、CDを」
「はい…あら?」
「…どうかしたのか?」
「コンポの電源が…いつもは直ぐに点くのに……」


幸田の言葉を聞き、佐藤はコンポの裏側を覗いた。
確かに、いつも刺しっぱなしのコンポのコンセントが抜けている。

「………ん?」

よく見ると、見慣れない黒いコードが刺さっている。
そのコンセントを辿っていくと、音楽室の入り口へと辿り着いた。


「…まさか……」


そして更にその先を追うと、コードは屋上へと続く階段に延びている。






盗電は立派な犯罪だ!!
「やばいバレた!」
「ずらかるぞ野郎共!!」


明らかに悪役の台詞を吐きながら、達は佐藤の横をすり抜け、散り散りに逃げ出した。










「まったく、非常識な奴等だ……さて、部活動を再開しようか」



コンポの電源が確保出来た所でCDを再生すると、スピーカーからクラシックが流れてきた。
佐藤は音楽室の隅の方で椅子に腰掛けている男子生徒の元へと歩いて行った。



「このピアノ協奏曲は君の演奏技術を見込んで選曲したものだ。僕の期待に答えてくれよ?」
「…………」
「……おい、聞いているのか?」
「………え、あ、はい。すいません…」




男子生徒の耳にクラシックの音楽は全く入っておらず、脳内は先程のエレキギターと歌声に占拠されていた。