「あーくそっ、腹立つ!」
道端の小石を蹴りながら、は家路についていた。
自由に演奏出来ないもどかしさと苛立ちからどす黒いオーラを放ちながら通り道の公園に差し掛かった。
そこは、が千石と出会った全ての始まりの場所。
「…………」
吸い寄せられるように、は公園の中に入っていった。
「〜♪」
ベンチに腰掛けギターを弾きながら、は鬱憤を晴らすように思い切り歌う。
気分爽快で歌っていたはそんな自身に近付く人影に気づいていなかった。
「♪〜……ん?」
夕日に照らされていた自分の身体に影が射した所で、は自分の前に誰か立っている事に気がついた。
それは背が高くすらっとした、許斐学園の制服を来た少年だった。
夕日に照らされ細かな所は判別出来ないが、それでも整った顔立ちをしている事が分かる。
「……どちらさま?」
「あ、いきなりすいません…えっと…俺、許斐学園の吹奏楽部の部員で……」
少年がそう答えると、の眉間に皺が寄った。
「…何。ここでも演奏するなって言いたいの?」
「あ、いえ!そうじゃなくて……あの、ここで聞いてても良いですか?」
「…へ?」
思いもよらない少年の言葉に、は思わず間抜けな声を出した。
「さっきの皆さんの演奏、聞きました…曲は知らなかったけど、すごく格好良かったです。特に貴方の歌声が綺麗で…ずっと聞いていたくなりました」
少年のストレートな誉め言葉に、は気恥ずかしそうに僅かに顔を赤らめ俯いた。
「…そういう事なら、ここ座れば?」
は自身が座っているベンチの空いたスペースをぽんぽんと叩いた。
「いいんですか?」
「もちろん。なんならリクエスト聞いちゃうよ?アンプ無いからちょっと寂しいけどね。」
「全然構わないです!有り難う御座いますっ」
少年は嬉しげに微笑むと、の隣に腰掛けた。
「さて少年、音楽は何が好きだい?普段のどんなん聞くの?」
「普段聞くのは…サティとか、ラヴェルとか…あ、ドビュッシーとかも聞きます」
「……うん、そっか。吹奏楽部だもんね……じゃあ、テレビはよく見るかい?」
「ニュース番組やドラマは少しだけ…」
「よし、じゃあCMの曲にしようか。これとかどう?」
はギターのコードを抑え、ワンフレーズだけ曲を弾いて聞かせた。
最初は困惑していた少年だったが、何の曲が分かったと同時にぱっと表情を明るくした。
「あ、聞いた事あります!」
「よし、じゃあ最初はこれいくか!」
二人は辺りが暗くなり街灯が点いている事にも気付かず、次々と曲を演奏し聞き続けていた。
「おはよーございまーす…今日の活動場所はここなんだね」
うとうとととろけそうな眼を擦りながら、今日の活動場所である視聴覚室へと入って行った。
「随分と眠そうじゃの」
「あー…昨日家に帰ったの12時とかだからさ……」
「そんな時間まで何やってたの?」
「歌ってた」
シンプルなの答えに、男3人はきょとんとした表情を見せた。
「え、あれから12時まで?」
「いや、あまりにもキラッキラした目で見るから止められなくてつい…」
「…何やそれ。そんな事よりそろそろ部員獲得せんと…お前ら知り合いとか当たれんか?」
謙也がと仁王の2人にそう問うと、それぞれ首を横に振ったり肩をすくめて見せた
「私に楽器弾ける友達がいたらさっさとその子とバンド組んでるよ」
「何言うとるんじゃ。俺は少し前に転校してきたばっか……いや、名前だけ貸してくれる奴なら10人くらいおるぜよ」
「その内女は何人や。返答によってはお前を処刑せざるをならない」
「謙也、その時は手伝うよ」
若干2名が目に嫌な光を灯した所で、視聴覚室の戸が開かれた。
「あのー…軽音部の皆さん、ですよね?」
大きな体を僅かに縮めながら入ってきた少年の姿を見て、は「あ」と声を上げた。
「あれ、昨日の少年」
「こんにちは、昨日は遅くまで付き合わせてしまってすいませんでした」
「いいってことよ。家の近くまで送ってくれたし、あそこまで紳士的な男を私は久しぶりに見たね!良い男だ。ウホッ」
「…なんや今、お前の背後に青いツナギを着た男が見えたわ」
「スタンドだよスタンド。」
「……そんな事より、俺達に何か用かな?」
脱線しまくる話を無理やり戻しながら、千石は少年に話の続きを促した。
「あ、今日は…皆さんに、お願いがありまして……」
「お願い?」
が聞き返すと、少年は首を小さく縦に振った。
「俺を、軽音部に入れて頂けないでしょうか?」
言葉の意味を理解出来ず思考停止している3人をよそに、仁王は少年に歩み寄ると冷静に問う。
「お前さん、吹奏楽部におった奴じゃの…吹奏楽部との掛け持ちは正直きついと思うぜよ」
「はい、だから…吹奏楽部は退部してきました」
「………はあぁぁぁ!?」
3人の中で最初に我に返ったのはだった。
「え、ちょっと、少年!本気!?」
「はい!昨日の演奏を聴いてから、もっと間近で皆さんの曲を沢山聞きたいと思って!雑用でも何でもします!だから、俺を軽音部に入れて下さい!」
「うっ…」
キラキラと輝く少年の目を直視出来ず、は顔を横に背けた。
その頃には千石と謙也も我に返りそれぞれが驚いたような、呆れたような微妙な表情をしていた。
「…だから吹奏楽部を退部て……なんちゅう勿体無い事を…」
「……駄目、ですか?」
「いや、駄目って事は無いけどね…うちまだ部員足りないし……」
突然の新入部員に顔を見合わせ戸惑う2人を余所に、仁王は少年をつぶさに観察していた。
そして、少年の手首を掴むと手をじっと見つめる。
これにはさすがの少年も驚いたらしく、戸惑うような表情を見せた。
「……うん、使い込まれた良い手じゃ」
「え…あ、有難うございます」
「もしかしてお前さん、吹奏楽部での担当楽器は……」
「あ、ピアノです。3歳の時からピアノをやってたので」
仁王の問いに少年がそいう返すと、3人はばっと少年に視線を集中させた。
すぐさまが少年に齧り付く勢いで迫った。
「少年、それならキーボード弾ける!?」
「え、キーボード…?あまり触った事はありませんが、練習すればなんとか……」
「なら雑用なんてしないでさ、一緒にやろうよバンド!外から聞いてるんじゃなくてさ、一緒に演奏しよう!」
少年の大きな手を掴んで、ぶんぶんと上下に振り回した。
最初は困惑し状況を理解出来ていなかった少年だが、願ってもいない申し出に手を握り返し賛同の意を示した。。
「えっと、俺なんかで良ければ…未熟者ですが、宜しくお願い致します」
礼儀正しく頭を下げた少年に、軽音同好会のメンバーは一様に笑顔を見せた。
「それより、名前をまだ聞いてなかったね。君、学年と名前は?」
「あ、はい」
「2年E組、鳳長太郎と言います」
少年の笑顔と共に、軽音同好会は軽音部創部への一歩を歩み始めた。