6月1日、軽音部は部活動としてのスタートを切った。
「おはよう」
「おはようさん」
廊下で偶然居合わせた千石と謙也は、そのまま2人で部活動へ向かうことにした。
「やっと俺達も軽音部として活動出来るんだね…いやあ、なんか感無量って感じだなぁ」
「……長かったもんなぁ、同好会としての期間」
「それもこれも、ちゃんのお陰だね」
「は?」
思いもよらない名前が千石の口から飛び出し、謙也は間抜けな声を出した。
「だってそうでしょ?仁王君と鳳君が入部するきっかけを作ったのは、紛れも無くちゃんだ」
「…まあ、そうなるか」
「トラブルもなにかと多そうだけど、なかなか楽しい部活になりそうじゃない」
「俺は今から胃が痛いわ……ん?」
部室である視聴覚室が近付いたところで、僅かではあるが音が聞こえることに気が付いた。
「これは…」
「キーボードの音だね」
視聴覚室の扉を開けると、中にはキーボードを弾く鳳とそれに合わせて歌うの姿があった。
「あーあー、はってしーないー、ゆーめをー追いー続けぇー♪」
楽しげに歌うを見て、鳳も嬉しそうに微笑む。
「あーあー、いっつーのー日かー、大空ーかけーめぐぅるー♪」
「さすがちゃん、上手だね!」
「長太郎だって、こんな短期間ですごい上達ぶりだよ!」
「皆に追い付きたくて、ずっと練習してたんだ。早くちゃんのギターと合わせたいな」
「えへへ」
「あはは」
微笑ましい会話を交わしている2人に、謙也がつかつかと歩み寄る。
「ちゅうか…なんでクリスタルキングやねん!!」
謙也の鋭いツッコミが部屋中に響き渡った。
「え…石川さゆりとかのが良かった?」
「さっきから曲のチョイスがおかしいわ!!何でエレキギターぶら下げとんのに歌謡曲や演歌歌わなあかんねん!」
謙也は疲れたような表情でを睨んだ。
「……どうやら、今後の方向性を決める会議が必要みたいやな…仁王!」
「プリッ」
いつの間にか部室にいた仁王が、キャスターつきのホワイトボードを引っ張ってきた。
「皆座れ!第一回、軽音部重役会議を行う。質問や意見は挙手をするように!ええな!」
「はい、部長。重役会議というのはどこまでが参加して良いものなのでしょうか?」
「はーい、部長!重役というからにはヒラ部員は参加できないのではないでしょうか!」
「へーい、部長。つまりヒラ部員は帰っても良いと言う事でしょうかー」
「はいはい、部長。俺らサイゼリアでドリアでも食ってくるから食事代部費から捻出出来ないかね?」
「お前ら鳳以外全員正座や!!」
「はーい、部長。正座崩しても良いでしょうか。私達甘やかされて椅子にばっか座ってきたので正座が長く持ちませーん」
「お前ら俺を馬鹿にしとんのか!」
「してないしてない。で、何について話すの?」
「……まずは曲の方向性やな」
ふてくされたような表情をしつつも、謙也はお世辞にも上手とは言えない字でホワイトボードに議題を書き始めた。
「まあ軽音部やし…やるジャンルは絞られるわな。とりあえず皆好きな音楽のジャンル言うてみ」
「俺はポップスかな」
「ジャズかの」
「俺は…クラシックです」
「ハードコアとヘビメタ」
「おい待て特に後輩2人」
と長太郎は同時に首を傾げた。
「何で軽音部やのに誰もロックって言わないんや!!」
「あー…ロック、ロックね……」
「…まあ、金管楽器が無いから本格的なジャズバンは無理か……」
「クラシックも無理ですもんね…」
「何でお前ら渋々了承したみたいな言い方やねん。何の為に軽音部入ったんや」
千石達が纏まりつつある中で、だけが不満そうに唇を尖らせた。
「歯ギター…」
「お前がやるんか。許可できんぞ」
「何故だ解せぬ」
「おーいぶちょー、大事なこと忘れてね?」
「大事なこと?」
がだらだらと手を挙げながら、謙也に話し掛けた。
「うちのバンドボーカルがいないよ。インストだけやるならいいけど、やっぱボーカル欲しくない?」
「…………」
「…………」
「…え、なにこの空気。長太郎、私なんかした?」
普段空気を読むことを全くしないだが、さすがに周りの反応がおかしいと気づいたらしく長太郎に話を振った。
「あ…いや、俺は…ちゃんがボーカルだと思ってたから……」
「へ?」
が他の部員を見渡すと、皆一様に頷いた。
「え、だって私ギター…」
「うちはツインギターだし、俺がリードギターやってちゃんがリズムギターやればいいんじゃない?」
「え、何で!他の奴がボーカルやればいいじゃん!謙也とか!」
「ドラムがボーカルて。C-C-Bか」
「C-C-Bとはこれまた古いのう……、ベースやドラムがボーカルをやるのはリズムキープが難しいんじゃ。プロならまだしも、俺や謙也じゃ技量が追いつかん。それに……」
訝しげな表情を見せただが仁王が顎である方向を指すと、そこには少ししょんぼりとした表情の長太郎がいた。
「お前の歌声に惹かれて入部してきた鳳を前にして、ボーカルやらないなんて言えるか?」
その時長太郎には間違いなく、耳と尻尾が見えていました(談)