大阪、四天宝寺中学
春の桜が咲くテニスコートに、今日も少女の声が響き渡る
3年2組、忍足謙也。
今まさに、命の危険を感じつつあります。
「かんっがえられへん!!」
「おい、ちょっ、お前本気出しすぎやって!!」
怒りや怨念やその他諸々の感情が込もったテニスボールが禍々しい軌道を描き、俺のコートへと落ちた。
その姿を見かねて、白石がコートに入ってくる。
「その辺にしとき。謙也ボロボロやし」
「白石!……せやかてこのやり場のない怒り、発散せな気が収まらん!!」
「……お前、何があったんや」
「彼氏にフラれたんすわ、この人」
急にに体重がかかり、よろけると体重を掛けた男、財前光が今度は逆にの身体を支えた。
「………よう言わんわ。半分あんたのせいやろ財前!あと抱きつくの止めぇ。うっとい!!」
「彼氏にフラれた?お前またかい」
「したって向こうからフラれたんやもん。浮気してたんやもん!小さくて華奢な可愛らしい女の子と付き合ってたんやもん!!」
昨日のこと、部活を終えた俺、、光の三人は一緒に帰宅していた。
「あー腹減った。謙也、マクド奢って」
「お前に奢ったらマクドでも破産するっちゅー話や。アホみたいに食いよって」
「アホちゃうわ!ほんのすこーし食欲旺盛なだけやし!」
「アンタと白石先輩の食欲は異常ですわぁ…しかも全く太らんし。あの食べっぷりは見てるだけでこっちの胃が膨れ上がりますわ」
「あのアホと一緒にせんといて!あの絶頂男、私の昼飯の特大メロンパン5個、全部食べてもうて………ん?」
の足がぴたっと止まると、視線が進行方向とは違う方に向く。
「……なんや。拾い食いはあかんで」
「アホ。ユウヤがおってん」
「ユウヤ?」
「先輩の彼氏の名前ですわ。謙也君同じクラスやないですか」
「っかしーなー……今日は遅くまで部活があるから一緒に帰れないって言ってたんに。おーい、ユウヤー!そんなとこで何して…ん……」
「!?お前何でこんなとこに……」
呼び止められた男の隣には、同じ四天宝寺中学の制服を着た女生徒がいた。
「……部活の帰りや。アンタこそ、隣のかわいー女の子は誰やねん。あ?」
「…お前かて、随分男前な彼氏連れとんなぁ?」
「は?お前何言うてんねん」
ユウヤの視線を目で追うと、そこにはだるそうな顔をした光がいた。
「アホか!こいつはテニス部の後輩「ちょうど良かったやないですか。浮気するロクデナシなんて別れて俺一本にしといたらええやないですか」
「アンタまで何アホなこと言うて……」
「ほら見ろ!お前かて浮気しとるやないか!これでお相子「そうやってみっともなく誤魔化す男なんてこっちからお断りじゃ!キン肉バスターー!!!!!」
「…とまぁ、こういう訳や」
「俺、あそこまで見事なキン肉バスター見たん初めてですわ」
「いやぁ、プリンス・カメハメから直々に伝授されたもんで」
「その異様な読み込みっぷり、さすがやな…」
「しかもその後とばっちりで俺までボコボコにされたしな。アルゼンチンバックブリーカーで」
「ロビンマスク風にタワーブリッジと呼んでくれ」
「知らんがな」
「あーあ、どっかに良い男落ちてないかなぁ」
「先輩、たまには後輩とかどうっスか」
「嫌や。光やせっぽっちやし。バスト90からが本物の男や」
「何やそのマニアックな基準」
「私にとっては胸筋が男を計るバロメーターや。ほんま世の男が皆師範だったらええのに」
うっとりした目であさっての方向を見て、そのままふらふらと飛んでいきそうなの首根っこを掴まえる。
「そんなに好きやったら銀さんと付き合うたらええやろ」
猫の子を捕まえたように持ち上げてそう言うと、は俺を見て馬鹿にしたように鼻で笑った。
いや、むしろ自嘲してるような笑い方だ。
「何を今更。もう何回もアタックしとるわ。何回もフラれとるわ」
「ほー、それで諦めたんか」
「諦めてへんわ!諦めてへんけど……」
『銀さん、めっちゃ好きや!子作りを前提としてお付き合いしてください!!』
『……、あんま自分を安売りするもんやないで。お前はめっちゃええ女や』
『銀さん……』
『ええ女には自ずとええ男がついてくるもんや。せやから、ワシと付き合わんでもっとええ男が迎えに来るのを待っとき』
「なんて言われたら頷くしかないやろ!!ああぁぁぁぁーーー!!好きーーーーー!!!抱いてーーーーーー!!!!」
悶えながら地面を高速で転げ回る。一応女の子。
砂埃立ってすごい煙たいから止めてほしい。
「……さすがやな、銀…子作りを前提とか言われて告白されてまともに対応できるやなんて…」
「部長かて匹敵する程の大物やないですか」
「俺はにそないな事言われて正気でいられる自信がないわ。下半身的な意味で」
「いっそ潔い程に最低やな、お前」
何でこの学校は美形であればあるほど性格が残念なんだろう。
白石とか、とか。光も残念とはいかなくても予備軍ではあると思う。
俺は常識人でいよう。絶対に。
俺が決意を新たにしていると、集合を知らせるホイッスルが鳴った。
白石を中心に決められた順で並ぶと、そこにオサムちゃんが入ってきた。
相変わらずのくわえタバコでへらへらと笑っている。
「おーおー、今日もみんな元気そうやの。1年は入部して2週間経った訳やけど……どうや、慣れたか金太郎?」
「もちろんや!早う試合したくてしゃあないで!!」
「そら頼もしいわ。そこで、や。今日はまた新入部員が入ってきとるで」
「新入部員?」
白石も聞いていなかったらしく、少し驚いた表情でオサムちゃんを見ている。
皆の好奇の目線を受け、オサムちゃんは満足そうに微笑む。
「めっちゃ強いから、お前らも負けんように練習せぇよ。したら入ってきてもらうか。千歳―!もう入ってきてええでー!!」
オサムちゃんが入り口に向かって声を張り上げると、コートの入り口が開き、テニスコートに不似合いなカラコロという音がする。
下駄の音?テニスコートで?
「獅子学中から来た千歳や。ほら、挨拶せぇ」
「えー……どーも、千歳千里言います。ま、よろしゅうお願いしてくれんね」
千歳という男はにっこりと笑い、大きな背を屈めて小さくお辞儀をした。
「なんや、また随分とでかいのが入ってきたなぁ……」
「……………ン……」
「…?」
「ロック☆オーーーーーーーン!!!!!!」
がそう叫ぶと、背景に荒波が見えた。
「……は…ええぇぇーー!?何いきなり小春みたいな事言うてんねん!!」
「やっばいキタコレ!どストライクなんすけど!!謙也、春だよ!春の到来だよ!!」
「いや、お前落ち着け!白石!こいつどうにかして止め……」
「あかん…ゆっくりじっくり行こう思てたのに、これはスピード勝負やなぁ……」
「あぁこんな時に使えん!光!」
「筋肉付けるか…いや多少強引でも他の方法が確実かもしれん……」
こいつもアホだった!!
白石も光もも完全に自分の世界に入ってしまってる。
「テニス部はテンション高い奴ばっかじゃの。楽しか1年になりそうばい」
4月の中旬、一人の男の入部によって、テニス部は戦場と化すのでした。