鬱陶しい雨が降り続く六月。
昼休みになるとと小春は鏡を見ながらメイクの手直しを兼ねてガールズトークに花を咲かせる。
「ユウヤと別れた時はどうなる事かと思ったけど、立ち直りが早くて良かったわ」
「そら、あんな男前が現れたらなぁ……あ、油取り紙持ってね?」
の言葉に、小春がポーチからピンク色の油取り紙を取り出した。
「はい」
「ありがと」
「千歳君でしょ?あの自然体な感じがたまらないわよねぇ」
ちら、と横目で小春を見ると、警戒するように唸る。
その様子に、小春は余裕綽々で笑みを浮かべた。
「やらんからな。あんたにはユウジがおるやろ」
「でも、1人の男に縛られるのって嫌なのよねぇ……まあ、ちょっと好みとは違うから千歳君はアンタに譲るわ」
「良かったぁ。ライバル一人減ったわ」
「アンタも罪作りよねぇ。蔵リンも光も、明らかにの事好きよねぇ」
「あいつらなんか論外や、論外。あんなペラッペラした奴ら、男の風上にも置けん」
ポーチに化粧品を押し込むと、と小春は歩き出した。
「あーすっきりしたぁ」
「女の子がそういう事言わないの!」
「へいへーい」
「って、何でお前小春と一緒に女子トイレ入ってんねん!」
謙也の鋭いツッコミに、隣にいた光も頷いた。
「あれ、知らんの?小春は特別に女子トイレの立ち入りを許可されとんねん」
「初耳っすわ」
俺もだ。仮にも三年間通い続けていると言うのに。
「小春がどうしても男子トイレ入りたないって言うから、女子の署名集めて嘆願したんや。もう一年前くらいになるかなぁ」
「懐かしいわねぇ」
千裕と小春があさっての方向を見つつ懐かしげに呟く。
「それよりも、中間テストの掲示張り出されとったで」
「ああ、そうなん?今回は日本史?世界史?それとも化学か?ん?」
「何も言うてへんわ」
「アホ。英語と数学以外殆ど赤点なんやから、黙って先生のお勉強を聞け」
「前の期末も、と蔵リンに助けて貰ってたわよねぇ」
小春の言葉に俺はぐっと押し黙る。
確かに俺は、前回のテストで二人にスパルタで勉強をさせられて全科目赤点回避という俺にとってはかなりの偉業を成し遂げた。
だがしかし、毎回こうも頼っていいものかと思う。
毎回学年上位を争う二人に教えてもらえるというのは魅力的だし、纏められたノートの綺麗さといったら。
「遠慮すんなって!補習授業で部活出れなくなったらあんたほんまに役立たずのポンコツやで。早いだけでなんの取り得も無いわ」
「ちょっとは包み隠して物を言え」
普通に傷つく。
そんな何時も通りの会話をしていた俺とを見て、光が後ろからの服の袖を遠慮がちに掴んだ。
それに気が付くと、は光を見た。
「先輩……その、俺も化学とか苦手なんすわ。構造式とか、わからん事が多くて」
「光…?」
「お願いです、先輩…俺の勉強見て下さい。俺、先輩がおらんかったら……駄目なんすわ」
僅かに俯いて、ほんの少し伺うような上目遣いでを見る光。
寒い。ものすごく寒い。普段の光を見ているだけあって鳥肌が収まらない。
しかし、いくらが男らしい男が好きだといっても、このお願いには勝てないらしい。
は感動したように目尻に涙を溜めながら光の肩を掴んだ。
「光…先輩に任せときなさい!私にかかれば赤点回避どころか学年上位まで点数稼がせてあげるわ!」
「先輩……!」
純粋で可愛らしい笑顔を浮かべる光。俺には一度も向けた事無いぞあんな顔。
「ひ、光……」
「今俺に話し掛けたら縁を切る」
「す、すまんな」
笑顔を浮かべながらも背中からどす黒い怨念を放っていた事に気づき、俺はびくりと跳ね上がった。
しかもは小春と二人できゃっきゃと盛り上がっていて気づかない。恐るべし財前光。
「皆で何集まっとう?」
「千歳!今ね、中間テストの話してたの!」
「テスト……あー…忘れとったばい」
苦笑しながら千歳がそう言うと、は悶絶した。
表情こそ見えないものの背中がブルブルと震えている。
「任せて千歳、テスト勉強を今からきっちりやれば大丈夫!私が千歳の勉強見るよ!」
「だけん、も自分の勉強ばせんと駄目じゃろ」
「…こいつ一年の頃からずっと学年上位やし、俺のテスト勉強いっつも見てるから慣れっこやと思うで。俺は白石に見てもらえばええし」
俺が助け舟を出すと、はものすごくイイ顔をこちらに向け勢い良く親指を突き立てた。
第三者の意見を聞いて千歳も納得したようだ。
「なら、お願いするたい。は優しい子じゃね」
大きな手がの頭をわしわしと撫でると、見えない尻尾が千切れんばかりに振られていた。
俺がやろうものなら『髪が乱れる!!』と怒鳴られネックハンギングツリーの一つでもかまされるのに。
そんな事を考えていると、背中にざくざくと突き刺さる視線。
恐る恐る振り向いてみると、光が今にも人を殺傷しそうな目でこちらを睨み付けていた。
「……折角俺だけ勉強見てもらえると思ったのに…アホな先輩が余計な事言うからでっかいブロッコリーが付属品で付いてきてもうて……あーあー…嫌んなりますわ……アホな先輩の両手足それぞれ四人で持って東西南北に引っ張って四つ裂きにしてやりたいすわ…」
「そんな手軽な拷問思いつかんといて!しかもなんか不動峰の奴とキャラ被ってんで?」
「そらぼやきたくもなりますわ…サザンクロス掛けたくもなりますわ……ただでさえ先輩と会える時間短いのに……」
「何?その拷問サザンクロスって名前なん!?何やねんその名前だけはかっこいい拷問!」
「光!千歳も一緒に見る事になったから、三人で頑張ろうね?」
「はい、先輩に迷惑掛けんよう頑張りますわ」
が一声掛けるとあっさり機嫌が直ってしまう辺り、まだこいつも可愛らしいなぁと思ってしまうのは、今までの一連の流れをうふふおほほと笑いながらクネクネしてる坊主頭と3年も付き合ってきたからだろうか。
「………で、何でこんな事してんねん、俺ら」
編集点を作るような言い方になってしまったが、そうぼやきたくもなるものだ。
俺、、白石の3人は3年1組の教室が見える木の上にいる。
それぞれ別の枝に座っているものの、お互いの姿や話し声は確認できるような位置だ。
「千歳の普段の勉強ぶりをサーチして、完璧なテスト勉強をプロデュースしてあげんのや」
「だからって、何で俺らまで」
「あんたは見つかった時の足。この絶頂男は………何でここに居るんや」
「お前も知らんかったんかい!」
隠れている事も忘れ思いっきりツッコミを入れると、白石がわざとらしく髪をさらりと払うような仕草をして笑った。
腹立つ。このハンサム腹立つ。
「分かってへんなぁ…宇宙と書いてうみと読むように、の隣には俺が居るものなんや」
「……俺ら、ヤマト世代やないで」
「ああ、そうやった。まあ、前半出番無かったから後半くらい居ってもええやろ」
「何してたんや前半」
「モンスターペアレントをモンスター親って表記してた某ネットニュースは正しいかどうか考えてたらいつの間にか終わっててん」
「死ぬほどどうでもええ事やな」
があっさりと言い放つと、ハーフパンツの中から小さな双眼鏡を取り出した。
て言うかどこにしまってんだこいつ。スカートの下のハーフパンツにしまうってどう考えてもおかしい。羞恥心持って!
「やっぱり点数の取れない奴って授業でもどっか抜けてるとこがあったりするもんや。しっかり見極めさして貰うで」
一時間目
教室不在。寝坊。
二時間目
教室不在。屋上で二度寝。
三時間目
数学の時間。教室で居眠り。
四時間目
日本史の時間。真面目に授業を受けてると思いきや開いてる教科書が世界史。
そして昼休み
「あかん…想像以上のナチュラルボーイぶりや……」
昼飯を食う為に一旦地面に降りながらが呟いた。
木にしがみついたまま複雑な表情を浮かべている。もちろんスカートの中丸出し。
「……まあ、あんだけ寝たらあそこまですくすく育つわな…ちゅうか、勉強以前の問題や」
「せやなぁ」
木に寄りかかりながら女性自身を読む白石が同意した。
その姿はさながら昼下がりのOLだ。
「いや…空っぽって事はむしろ知識が叩き込みやすいっちゅー話や!俄然やる気が出てきたで!」
は俺の口真似をしながら空に勢い良く拳を突き上げた。
それから俺達は、テスト前という事で休みになった部活の代わりに教室で机を寄せ合い教科書を開いていた。
千歳はろくすっぽ授業に出てないと言うのにが少し教えただけで内容を理解したようだった。
理不尽だ。俺はテストまで毎日みっちり教えてもらっていると言うのに。
「何処見とるんや、ダーリン」
白石の包帯がまるで生き物のように動いたかと思うと、俺の右腕を捕らえていた。
「誰がダーリンや誰が」
「俺がをあのカリフラワーに取られて傷心やっちゅーのにお前がチラチラ向こうばっか見とるからや。酷いわ…私というものがありながら他の男を見てるだなんて」
「いや、別に見てなんか…」
「見とるわ。何ならガン見の勢いや。このまま両手足拘束して東西南北に引っ張って四分割したろか」
「何?サザンクロス!?流行ってんのそれ!?」
下校時間のチャイムがなる頃、帰ろうと外に出ると大粒の雨が降っていた。
「あー…やっばい。私傘持って来てへんわ。千歳持ってきてる?」
「今日はお天道さんが機嫌良さそうだったけん、持ってきてなか」
「先輩、俺の傘入ってきませんか」
「、途中まで道一緒やし、送ってくで」
二人のイケメンがすかさず傘片手にの方を振り向いた。
1人取り残された俺は、千歳に声を掛ける。
「あー…千歳?俺の傘でかいから一緒に入ってくか?」
「大丈夫たい」
「大丈夫って…ここまで酷い雨、なかなか止まないやろ」
俺の言葉に笑顔を返すと、千歳は玄関の前にある草むらの中に入っていった。
がさがさと何かを漁った後に立ち上がると、下駄をからころと鳴らし戻ってくる。
その手には、巨大なフキの葉っぱ
「傘たい」
まさかのト●ロ!!!
「千歳!私も傘入れて!」
「よかよ。だけん、あまり大きくないから近くに寄らんと濡れるばってん、もっとこっち寄るたい」
は千歳の腕にしがみつき、肩が濡れるのも気にせず帰っていった。
そこに取り残されたのは、傘を片手に固まる光と白石、そして俺。
「……サザンクロス…」
「ああ…サザンクロスやな……」
「俺何もしてないっちゅー話や!」
次の日、咳をしながら『あかん、めっちゃ幸せや…』と鼻声でから電話が掛かってきました。
やっぱり夏風は馬鹿がひく。
あ、テストは無事赤点回避でした。
……機嫌を損ねた白石に途中から出題範囲外の知識を叩き込まれた俺を除いて。