「依頼主は僕が経営している宝石店の常連で、旦那が政治家の渡辺夫人」
「ワタナベって知ってる!あの見るからにうさんくさい脂ぎったオッサンでしょ!!」
「黙って聞いとかんとまた幸村が怒るぜよ」
幸村所長は机に置いた資料を手に取り、二枚目だけを引き抜きそれを俺に見せた
「これがその息子っすか?」
「そう。名前は渡辺和也、城正高校2年」
「ジョーセー高校?知らないなぁ」
城正高校って言うのはここの近くにある三流私立
不良生徒が殆どで、成績は悪いわ校内風紀は最悪だわ教室は荒れまくってるわ
金さえ有ればすぐに入学できる高校だから、金持ちの馬鹿息子なんかがよくここへ来る
俺は受験高校選ぶときそこだけ除外したくらいだ
「そしてその息子が夜中どこかに出歩いているらしいんだ」
「それの調査って事っすね!」
「えーめんど。そんなん自分で調べりゃいーじゃん。断ろうよ!ね、ね!」
「今の君たちに依頼を断る権利は無い」
「………うぃ」
「あれが息子っすね」
「うわ、見るからにアホっぽいね」
「城正高校の生徒は殆どああいった不良で構成されているようです」
俺と先輩、柳生先輩は壁から顔を覗かせて観察している
仁王先輩は聞き込み調査、ブン太先輩は機材の手配
真田副所長は未だ事務所で血だらけの状態で転がっていると思う
大丈夫、死んでない。てかそうあって欲しい
「うーめんどーい。こうなったら可愛らしい私がちょちょいっと引っかけてちょっと違法なとこに連れ込めばそれで丸く収まるんじゃない?」
「丸だとしてもえらく角のある丸ですねそれは」
「駄目っすよ。何考えてんですか!」
「いや、だから私がこの可愛らしい顔を駆使してですね」
「ええい黙れ!!大体いつも自分の事可愛い可愛いって言ってるけどあんたそこまで言う程可愛くないっすよ!」
「うっせぇ!夢小説の主人公は可愛いって相場が決まってんだよ!!」
「それは禁句っす!言っちゃいけない事なんす!て言うか俺はこれを夢小説だと認めないっす!!」
「認めろ!これは事実だ!!」
ごぃん
「今私達は偵察中だというのをお忘れなく」
思いっきり柳生に拳骨で殴られた!痛っ!マジ痛っ!
先輩も少し離れたところで頭押さえてのたうち回っている
「私達の仕事は『実態調査』までです。そこから先の事は蛇足に過ぎません」
「………ねぇ柳生先輩」
「何でしょう?」
「俺の時もそうだったけど『見つけて連れ戻すまで』とか『実態調査まで』とかそういうのって重要なんすか?」
「ええ、とても重要です」
「何でっすか?」
俺が首を傾げて聞くと、柳生先輩は笑って答えてくれた
………いや、口角が少し上がったからそう思っただけで目は見えないんだけど
「調査をするにはお金がかかります。その必要経費は依頼者が何割か負担するんですが、これはやはり少ない方が喜ばれますよね?」
「うぅむ、なるほど」
「それにこういう仕事になると、仕事にケチつけて来る人がいんのよ。『ふざけんな!何で妻が浮気してんのにそのまま見てたんだ!』とかね」
「そこで私達はここまでの仕事を請け負うというボーダーラインを引くことによって、一つの理屈が出来上がるわけです」
「『私達は実態調査までの依頼を受けました。そこから先は別料金です』とか言える訳よ」
なるほど!また一つ探偵に近づいたぞ!!
今俺の頭の中ではドラクエのレベルアップの音楽が流れた
あかやはレベルがあがった!
かしこさが3あがった!
あかやは『けいひせつやく』をおぼえた!
「ここに入ったみたいですね」
柳生先輩が掛けられた看板を見た
ここは俗に言うクラブ。踊ったり酒飲んだりするとこ
怪しげな薬とか買うのもここが一番お手軽かもしれない
「よっしゃ!行きましょ!!」
「待って下さい、安易に動くのは危険です!」
「だいじょーぶ!赤也が一緒に行くから!!」
「何で俺!?」
「だってこれって赤也の実力試すテストなんでしょ?
あ、そーだった
「てな訳でGO!!柳生、連絡よろしくー」
「あ、さん!」
柳生先輩の声を背に、先輩は地下への階段を下りていった
俺もその後に続く
「おお、いかにも!」
「俺ら、めっちゃ浮いてません?」
「あ、馬鹿息子いた!」
先輩が指を指している先には、依頼者の息子がしゃがみ込んで何かを見ているところだった
「んー……あれは新種の麻薬かね」
「え、わかるんすか!?」
「だって見えるじゃん」
俺達と向こうまでの距離はゆうに数十メートルはある
ほぼ端と端
それに人が多く、俺は隙間からわずかに見えるくらいだ
「………先輩、どんな視力してんすか」
「見てはいけない物が見えるくらいには良いよ」
それって絶対視力の問題じゃない
「てかやばくないっすか?」
「何が」
「皆こっち見てるっすよ」
「あー、そだね。でもまあ実態調査は終わったからこっからは何してもいいんだよね」
「そんなもんすか?」
「そうそう」
先輩はそう言うと、ダッシュで輪の中に突っ込んでいった
「うらぁぁぁ!!」
取り敢えず手近にいた男を蹴飛ばして更に暴れまくる
それに気づいた人達はみんな先輩に殴りかかる
「うわぁぁ!!何やってんすか先輩!」
「今の私は腹減ってめたくそ機嫌悪いの!金持ちなんか大嫌いだー!!」
「ああもう!」
俺も覚悟を決めて先輩のとこまで人をかき分けて入っていく
先輩はたった今10人目を倒したとこだった
「赤也!逃げるよ!!」
「はぁ!?ここまで暴れておいて!?」
「てかね、腹が減って力が出ないのよ」
とことんダメ人間だこの人は
「てか入り口完璧に塞がれたっすよ!」
「えぇ!?何やってんのよ赤也!」
「あんたが勝手に突っ込んでったのが悪いんでしょ!!」
「先輩に向かってあんたとは何事さ!」
「!赤也!!」
どこかから声が聞こえた
辺りを見回していると、壁の一部にぽっかり穴が開いていた
「ここから外に繋げた!来い!!」
そこには真田副所長が!
「ナイス真田!!」
「真田副所長!生きてたんすね!!」
がっ
「「あ」」
俺と先輩は同時にその穴に潜り込んだ為、腰のあたりでつっかえた
「こういう時は後輩逃がすのが先っすよ!!」
「女の子を後に行かせるつもりだったのあんたは!!」
二人で穴の入り口でつっかえて、前にも後ろにも進めない
「うらぁぁぁぁ!!!抜けろー!!」
「痛い!先輩痛いっす!!」
先輩はとれたての魚のように足をバタバタ動かしているようだ
でも痛い!かなり痛い!!
すると、誰かに足を引っ張られた
俺と先輩は同時にそこから抜け出すことができた
「あー痛たた………」
「逃げ道の確保はしとけ言うたじゃろ」
「いや、ここに金持ちが集まってると思うといてもたってもいられなくてですね」
「あれ、そう言えばここにいた人は?」
「適当に3、4人ぶっ飛ばしたら皆逃げていったぜよ」
さすが仁王先輩。見た目がヤンキーなだけある
「壁とカウンターの修理請求が来てるんだけど、これはどういう事かな?」
「え」
「報酬から差し引かせてもらうね。はい、今回の報酬」
幸村所長から手渡されたお金は五十円玉1枚と一円玉4枚
「54円!?」
「54円かぁ………何か買えるかなぁ」
「駄菓子屋行けばな」
皆腹を空かせて半死半生状態
「ああ、そうだ。切原君」
「はいっ!」
「君、採用することにしたから」
「ほんとっすか!?」
「えええええ!?マジで!?」
「食い物の分け前、確実に減りそうだぜぃ」
「実質、丸井君が一番食べているのですよ」
何はともあれ、俺は幸村探偵事務所の正式な所員となった
………でも、この歳で餓死だけはしたくないなぁ