AM06:00
梅雨も明け、少し湿気た空気も残るが晴天の七月上旬
立て付けの悪いドアが音を立てながら勢いよく開け放たれ、そこから一人の少女が飛び出す
幸村探偵事務所所員、だ
「………うぃー!良い天気だぁー!!」
思い切り伸びをし、ビルの隙間から僅かに差し込む光を浴びる
裏通りなので辺りは朝なのに薄暗い
階段の手すりにもたれながら今日の飯の確保の事を考えていると、一階のドアが同じように軋んだ音を立て開かれる
中から出てきたのはオレンジ色の頭
顔が見えなくてもにはそれが誰だか分かった
そのオレンジ色の頭が後ろを振り向くと、階段の上にいるに笑顔で話し掛けた
「おはよーちゃん!今日も良い天気だね」
「そだねー!雨もすっかり上がって水たまりも無くなっちゃったよ!」
「あ、そーだ!今度デートしない?海とか行こうよ!」
「あーいいねぇ!暑いから泳ぎに行きたいなー………………………って、何普通に世間話しとるんじゃこの誘拐犯がぁぁぁぁ!!!!」
が放った二階からのドロップキックは、見事に千石の顔面を捉えた
AM07:00
「あーもー。何で誘拐事件なんか起こしてのんびりとしてられんのかね。むかつく。なんだかしんないけどものすごくむかつくー」
「先輩、分かったからさっさと着替えて下さい。寝てた時の格好のまんまで客迎えるつもりっすか」
「何か最近、口うるさくなったわねあんた」
「先輩の好きなようにやらせてたらこの事務所機能しなくなるっすよ」
「今もギリギリ機能してるかしてないかって感じだけどねー」
キャミソールにショートパンツという姿で机に座る先輩を邪魔だと言わんばかりに小型の掃除機で机の上を掃除し始める
「なんとかしてベコベコにへこまして三回回ってギャフンて言わせらんないかなー」
「色んなもん混じってますよ。何でギャフンて言うのに三回回る必要があるんすか。つーか邪魔だからどいて下さい」
先輩の座っている場所と反対側の端の部分を掃除し、先輩を机から落とすように掃除機で押す
「どけって言われるとどきたくなくなるんだよねぇ」
ごろん、と机に寝転がる先輩
それを見て、俺は掃除機の目盛りを『強』に設定した
そして、容赦なく先輩の腹の上に掃除機を乗せる
「仕事もしないくせに場所ばっか取らないで下さい」
「ギャー!!脂肪吸引ー!!!!」
ズゴゴと掃除機が嫌な音を立てていると、その音に混ざってドアの開く音がする
「やあ、相変わらず何もしてないね」
「らっしゃーいおユキ!」
掃除機で腹の辺りを吸っていた俺を蹴り飛ばし、幸村所長の元へ駆け寄る
「今日は何の御用で?」
「ん?別に何か用があった訳じゃないよ。ただ、仕事のついでに寄っただけ」
「あっはっはっはっは。早朝にこんな裏道でどんな仕事をしてたんですかね。いかがわしいですね。いかがわしいことこの上ないですね。とうっ。ローリングタックルチョーップ」
「回るかタックルするかチョップするかどれか一つにしてください」
て言うかこの人幸村所長の事好きなんじゃないのかよ!
「他のみんなは?」
「まだ早朝だから来てないっす。昨日は俺と真田副所長が泊まりで、先輩はいつも通りっす」
「柳生や柳は?」
「きのーから政治家のおっちゃんの密輸したトカゲ盗んだ犯人探してるよー」
密輸で日本未入荷、って言うかなんとか保護条約だかなんだかで個人でペットとして買うのが禁止されてるトカゲらしい
警察にも頼れないからこういう怪しげな場所に店を構えた怪しげな俺らに依頼したって訳だ
因みに仁王先輩は別の仕事…いや、探偵の仕事じゃなくてあっちの方ね。そしてブン太先輩は友達の家に飯たかりに行ったっきり戻ってこない
「ねーおユキー。あの誘拐犯いつまでかくまっておくの?」
「千石達の事?」
「そうだよ。下に犯罪者がいると思うと安心して夜も眠れないよ!」
嘘つけ
「どうにかして追い出してくれないかな?」
「、そうやって無理矢理おもしろい事起こさなくていいから。普通にいこうよ普通に」
「ちぇー。つまんねーのー」
そう言って先輩はソファーにダイブした
ホコリ出るしソファーも痛むからやめてほしいんだけどなぁ
AM10:00
「へぷー。つまんにゃーい。おユキも帰っちゃったしぃー」
先輩はまたソファーに寝転がり足をバタつかせる
ちなみに格好は朝のまま。だらしない。誰かこの人に乙女心というものを取り戻させてくれ
「あーマジで暇っ。赤也、あんたポロリしなさい」
「はぁ?いきなり何なんすか」
「ポロリだよポロリ。私のこの暇を生コンで埋め尽くす勢いでポロリしなさい」
意味がわからない
「大体ポロリポロリうるさいんすよ。バブル時代の水着運動会じゃあるまいし」
「じゃあいいよ。耳で譲歩してやるよ。耳ポロリしろ」
「耳ポロリって何なんすか!ってかポロリとか言ってるけど想像したら気持ち悪っ!!」
俺は思わず耳をおさえた。ポロリ怖い!
PM13:00
「先輩、俺ちょっと買い出し行ってくるっす」
「なにー?おひるごはーん?」
「さっき幸村所長がおこづかい千円くれたんでコンビニ行って来るっす。先輩何か食いたいもんありますか?」
「馬鹿!コンビニなんて高級店行くんじゃありません!!行くならダイ●ン!もしくは百均!買いだめしとくの!!」
コンビニが高級店だなんて初めて聞いた
PM14:00
昼ご飯(百均のカップ焼きそば)も食べ終わり、俺たちはまただらだらと時間を過ごしていた
いや、俺は家計簿の計算とかやってんだけどさ。相変わらずこの事務所のエンゲル係数の低さには驚かされる。野生児の集まりだからなここ
「あかやー、アイス食べようよー。さっき買ってきてたよね」
「はいはい」
俺の反対側のソファーに寝転がっている先輩が、やっぱり朝と同じ格好でそう言った
さっき駄菓子屋の前を通ったら、あたりくじ付きのアイスが二本だけ残っていたから買ってきたのだ
今日も暑いから、きっとアイスは飛ぶように売れただろう
冷凍庫を開けると、ひんやりとした空気が流れてくる
電気代節約の為、目的のアイスを取り出してすぐにドアを閉じた
「はい。溶けない内にさっさと食って下さい」
「あぢーよマジで。蒸し暑い。水とりゾウさん用意しなきゃ」
「まだあるんすかね、水とりゾウさん」
「わかんねー。でもあのゾウさんやるときはやるんだよ。てかやってくれないと事務所にカビ生えちゃうよ」
否定できないのが辛い所だ
「これ、当たりくじ付きだっけ」
「棒に当たりが着いてたらもう一本て書いてあるっすね」
「当たるといいなぁー。当たるかなー」
俺たちはその後、アイスが溶ける前に食べ尽くそうと無言でアイスの消化に専念した
その無言の空間を破ったのは、先輩の一声だった
「あー!!」
「何すか」
「見てこれ!あたり!」
食べかけのアイスの棒から『あたり』の文字がのぞいていた
「すげー!もう一本!もう一本食べれる!」
「わかりましたから、早く食べないと残りが溶け…」
ぼたっ、と先輩のアイスの棒から残りのアイスが落ちた
すると、そこの隠されていた所から、また文字が出ていた
「なんかまた文字が出てきたっすよ」
「は?あたりで終わりじゃないの?」
俺と先輩が二人でアイスの棒を見た
すると、アイスの棒にはこう書かれていた
『あたりめ』
「意味わからーん!!!私のアイス返せ!!あたりめって何だ!するめか!するめの事か!!もしくは今日の当たり目か!小堺さんか!!ぬか喜びさせやがって!喜んだ分のカロリーと落とした分のアイス返せこのやろー!!」
その後はキレた先輩が駄菓子屋に乗り込んだけど、結局アイス棒は変えて貰えなかった
ちなみに俺の棒は何も書いてないハズレだった。二個もオチがついちゃったよ
PM16:00
俺は解決済みの依頼の報告書を整理整頓し始めた
先輩はやっぱりさっきと同じくソファーでごろごろしていた
さっきと違うのはアイスの棒をがりがり囓っている所。ハムスターかこの人は
「あのちーへいーせーんー、かーがーやくーのーはー♪」
そしていきなり歌い出した。何でラ●ュタなんだよ
「どこかーぁにかねぇーをー、かくしてーいるーかーらー」
「は!?」
慌ててソファーに駆け寄ったら、先輩は虚ろな目でがりがりとアイスの棒を囓っていた
「さあでーかけーよーおー、ひときーれのーパーンー、それしかないからぽけーっとにー、つーめーこーんーでぇー、つめこーんで♪」
何故かアルトパートまで一緒に歌い出した
「とーさぁーんがー、のこしたぁー、ふわたーりてーがーたー、かーさーんがー、くれたー、あのーおふぅ!!!」
「いい加減もの悲しくなるような替え歌は止めといて下さい。謝れ!ハヤオに謝れ!!」
「ばぁーか!!ハヤオがこんな事でぐだぐだ言うか!ハヤオはもう私達だけのハヤオじゃないんだ!世界が認めてるんだよ!世界のクロサワならぬ世界のハヤオなんだよ!こんな事でぐだぐだもさもさ言う奴なんてハヤオじゃないね!そんなのハヤオと言う名の粉飾決算をしたただのオッサンだね!」
「何勝ち誇った顔してんだ!ちっとも上手く無いっすよ!!」
「うっせぇばーか!お前なんか手頃な隙間に挟まって抜けなくなっちまえ!!」
そっからぎゃーぎゃーと数十分言い合い。お腹空くから途中で止めといたけど
PM19:00
外が多少薄暗くなってきたので、俺は少し壊れ気味のブラインドを下ろした
「先輩、結局朝からその格好っすね。いい加減着替えたらどうっすか」
「いや。なんかさぁ、ここまで来ると着替える気が無くなるというか今日一日これで過ごしてやろうという気になる訳ですよ」
「普通に汚いっすよ。それ昨日の夜からずっと着てたんでしょ?この時期だから汗とかすごいかくし」
「私ヒロインだから汗かかないもん」
真顔で言いやがった
「だから着替えないもーん」
「只今戻りました」
「あ、お帰りなさい」
柳生先輩と真田副所長が帰ってきた
二人ともこの暑いのにスーツをかっちり着込んでる。暑くないのかなぁ
つーかぱっと見リーマンぽい
「………仕事はどうした」
「やってたよ。お客来なかったけどちゃんとお留守番してたよー」
「なら何故こんなだらしない格好をしているんだ!!」
真田副所長が先輩のショートパンツのウエストの当たりを掴んで持ち上げた
わーい。真田副所長力持ちー。
「どんなかっこしたって留守番は留守番じゃい」
「こんな格好をした従業員のいる探偵事務所に誰が依頼などするか」
「文句あんならスーツの一着でも買ってくれや。つーかさっさと下ろしなさい。このままだとその内ショートパンツからケツが出ますよ。半ケツですよ。主人公が半ケツ晒す夢小説なんて聞いた事無いですよ」
すると、真田副所長は慌ててぱっと手を離した
そしてべちゃっと音を立てて落ちる先輩
「さぁて、事務所閉めっかね。さっさと帰れお前らー」
実は事務所に寝泊まりをしているのは先輩だけだったりする。多分半家出状態で飛び出してきたからだと思うけど
それ以外の人は実家に帰ったり(俺・ブン太先輩)幸村所長の管理する安アパートに住んだり(真田副所長・柳生先輩)どこに寝泊まりしてるのか謎だったり(仁王先輩・柳先輩)
まあ、依頼が長引いたり仮眠を取ったりする時はみんな事務所の休憩室で寝るんだけど(その為に寝袋が常備してある)
「じゃ、おやすみー。また明日ね」
そんな事を考えてたら、いつの間にか事務所の外に閉め出された
そしてぽいっと鞄を一緒に投げ出され、戸が閉まり鍵まで掛けられた
すると、ぎゅるるるるぅと情けなく鳴り響く俺の腹
「あー……腹減った」
「どこかに食事に行きますか?」
「無理っす。今月も赤字」
俺の言葉に真田所長と柳生先輩ががっくりと肩を落とした