「おら新人、掃除しろ掃除ー」
悪い顔でけたけたと笑いながら丸めた紙をぽいっと跡部さんに投げつける。
間違ってもヒロインがしていい顔をしてない
「……つか、てっきり仕事に行くもんだと思ってたっす」
「依頼人の手前好き勝手出来んでしょー。それに真田に柳、柳生、ブン太、仁王で5人だから幸村の条件には合ってるし」
そう、今事務所にいるのは俺と先輩と跡部さんの3人だけ。
そしてさんざん跡部さんをいびる先輩。
俺は先輩が腰掛けている社長イスのキャスターを転がし椅子ごとガラガラと除けながら机の中の書類を整理していた。
「あーいうぼっちゃんにはこういう地味な仕事を延々とさせる方がきついもんよ。どーせ事務所でも庶務雑務家事全般忍足に任せっきりなんだから」
「……俺だって料理作ったりする時もある」
「ほー、掃除ひとつにそのもたついた手つきだってのに自炊か。何作るってのさ?」
「カレーにシチューにおひたし、味噌汁!米も炊ける!!」
自信満々に跡部さんがそう言ったのと同時に先輩の見事な飛び蹴りが決まった
「何だよお前もう!子供のままごとか!切って鍋突っ込んで母ちゃんに褒められて自信満々かこの野郎!!」
「先輩!怪我だけはさせないで!他所の子だから!他所の家の子だから!!」
ああなんかもう子供同士の喧嘩を仲裁してる気分だ
どっちも年上のはずなんだけどな。俺が一番年下なんだけどな
「うちのに馴れ馴れしくしすぎじゃ泣き黒子」
「おふっ!!」
「ふぎゃっ!!」
更に跡部さんの背中に仁王先輩のヤクザ蹴りが入った
そして先輩も巻き込まれて一緒にばったりと倒れこんだ
「って、仁王!?あんた依頼は!?」
「事務所にお前と跡部だけ残して出かけられるわけないじゃろ」
うん、まあ俺もいるんだけどね。無視かこの野郎。
つーかこの人今窓から入ってきた。入り口使えよ入り口を。
「え、て事は指定人数に足りてなくね?」
「仕事中のジャッカル捕まえて代理にしてきたから大丈夫じゃ」
可哀想に。
「つー訳で俺も新入社員いびりに加わる事にするかのぅ。ほれ、ここが汚れてるぜよ。さっさと掃除しんしゃい」
「そこは今てめーが窓から入ってきたから汚れたんだろうが!!それぐらい自分で掃除し」
バギドガボゴーン!!!
「ギャー!!」
仁王先輩に詰め寄ろうとしていた跡部さんが急に消えた。悲鳴と共に。
「おいそこのヒジキ!何でこの事務所には室内にトラップが仕掛けてあんだよ!!」
跡部さんは急に消えたわけではなく、床が抜けて下に落ちただけだった。
腕でなんとか1階まで落ちるのを食い止めたらしく、胸から上だけが床から生えている状態。
…つーか、ブルジョワってひじき食べんのか。いや、忍足さんがご飯作ってんならあり得るか。
「うっせーなあほべ!金が無いからそこここにトラップが出来んだよ!老朽化という名のトラップがな!!」
「おーい、ちゃーん!天井から人が生えてきたけど、新しい遊びか何かー?」
1階に住んでいる千石さんの声が穴の下から聞こえる。
「あー、ブルジョワが床ブチ抜いただけだよー!めんどくさいけど生やしたまんまだと何かと鬱陶しいから、引っこ抜くの手伝ってくれるー?」
「いいよー。ほら、亜久津!腰抜かしてないでさっさと手伝ってよ!」
「るせーな!俺はお前らと違って常識人なんだよ!!」
下から更に亜久津さんの声も聞こえた。
「お前らって……もしかして俺も含まれてんのかな…すげー心外」
「あっくん言うじゃねぇのアーン!?くらえ!ブルジョワ落としー!!!」
高くジャンプした先輩が空中でくるりと一回転してから強烈なジャンプキックを跡部さんの脳天に喰らわせた。
そのまま2人ともすっぽ抜けて1階に落ちていく。
下ではうわー!!という叫び声やガラガラと床が崩れて落ちていく音がする。
「わー!!先輩!跡部さん!大丈夫ですか!?」
「見に行ったほうが早いじゃろ」
仁王先輩はそう言い、二人が落ちていった穴から下へと降りていった。
「あ、ちょっと!仁王先輩!!」
俺は少し迷った後、普通に入り口から外に出て階段を降り、1階の千石さんたちの住む部屋へと向かった。
鍵はかかっていない。いや、鍵はあるんだけど壊れてて鍵が鍵の意味を成していない。
「先輩!仁王先輩!大丈……」
「おお赤也、遅かったじゃない」
跡部さんは落ちた状態のままで気絶しており、先輩は千石さんの胸倉をつかんでいた。
「つーかいつまであんたらここにいるわけ?仕事しなさい仕事。働かざるもの食うべからず、働かないなら食う物探せって昔の偉い人も言ってるよ!」
「ちゃん、俺ら今更真っ当に仕事なんて出来るわけないでしょー?それとも、またちゃん人質になってくれる?家お金持ちなんでしょ?」
「んー、お金はあるけど多分私の為には使わないんじゃないかな。あんま家にとって価値はないし」
小さく唸ってから、他人事のように首を傾げながらそう言い放った。
「………大事な娘なんすよね?」
壁にもたれかかっていた仁王先輩の側に行き小声でそう聞いてみると、仁王先輩は先輩と同じように小さく唸った。
「どうじゃろうな…は家出してからずっとこの事務所におる。親もここにいる事はとっくに分かっとるじゃろ……潰そうと思えばこんなオンボロ事務所、3日あれば営業停止に出来る。ヤーさんへのコネもあるじゃろうし」
先輩を真っ直ぐに見つめながらいつもより冷めた声で呟いた。
「…でも、こうやって跡部さんが先輩をうちから連れ出そうとするのは、婚約者の先輩が好きで、結婚したいとか思ってるからなんすよね?将来の跡部財閥社長の婦人第一候補なら、財閥にとっても手元に置いておきたいんじゃないんじゃないっすか?」
「……赤也も探偵としての実力がついてきたかもしれんなぁ」
「え、じゃあ」
「俺も、は『放っておかれてる』んじゃのうて『放っておかざるをえない』状況にあるんじゃないかと思うとる」
仁王先輩の独特な言い回しに、今度は俺が首を傾げる番だった。
「………放っておかざるを得ないって、どういう事っすか?」
「おるじゃろ。どれだけの権力を持っているか未知数で、毎日の行動も謎。それなのにこんな人通りの少ない裏道で、おんぼろビルに素性も知れないごろつきばっか集めて形ながらの貧乏探偵事務所を経営してる変わり者が」
「…幸村所長っすね。幸村所長が先輩の家出に関わってるって事っすか?」
「ま、あくまでもごろつきの1人の戯言じゃがの」
仁王先輩は笑って誤魔化したが、俺はこの寄せ集め集団のボスの存在を、改めて疑問に思う事となった。
「いずれにせよ、真っ当な仕事は出来ないよ。誘拐とか、強盗とか、密売とかそういうアブノーマルでインモラルなものでないと」
「……誘拐する相手がいれば、仕事して大金稼いでくれるって事?」
「え?うん、まあ、そういう事になるかな」
「よし、じゃあ早速やろうじゃない」
立ち上がり、腰に手を当てて胸を張る先輩。
千石さん、亜久津さん、俺が同時にきょとんした顔をした。
「早速って…誘拐して大金が手に入る奴なんて早々いるもんじゃ……まさか、ちゃんが?」
「アホ。もっといいのがいるじゃない」
先輩がにっこりと笑顔を浮かべると、千石さんは俯いて少し考えてから顔を上げた。
「まさか……」
「いるじゃない、大財閥の御曹司。探偵事務所の代理所長。将来有望で身代金要求にうってつけなおぼっちゃまが」
先輩のその言葉に俺、仁王先輩、千石さん、亜久津さんの視線が同時に未だ気絶して瓦礫にまみれ突っ伏している跡部さんに注がれた。