「繰り返す!お前達は完全に包囲されている!大人しく投降しろーっ!!」
神尾が更に声を張り上げ達に投降を呼びかけると、伊武がぽん、と神尾の肩に手を置いた。
「アキラ…さすがにそれはテンプレすぎて逆に寒いよ…今平成だよ?しかもポ●モンが492種類もいる時代だよ?151匹じゃないんだよ?」
「う、うるさいな!お前ものんびりしてないで穏便に済ます方法を考えろよ!」
「………なんだよそれ。まあいいけどさ…穏便に事を済ませばいいんだろ?」
そう言って伊武はいつも通りにぼやきながらいつも通りに拳銃を構えた。
「って待て待て待て待て!!穏便にって言ってるだろ!」
「なんだかんだでこれが一番穏便だろ…そのままとっ捕まえればいいんだから……」
「物騒にも程があるわ!」
「んだこらぁぁぁ!警察怖くてこんな暴挙に出られるかっつーの!!」
ビルの屋上から声が聞こえる。
遠くてよくは見えないが、声と体格からして女だと神尾は予想した。
「おい深司!とにかく銃はしまって……」
「撃てるもんなら撃ってみやがれこのナイアガラの滝ヘア―!!」
ズキューン
「…っておいいぃぃ!撃った!?今撃ったよね!?」
「だって撃てるもんなら撃ってみやがれって言ったし……なんかむかつくし…」
「お前沸点低すぎるだろ!絶対水銀より沸点低いだろ!!」
「大丈夫。かすめただけだから死んでないよ…俺、前世はゴルゴだったっていう夢見たし」
「そんな当ての無いものを信じて撃つなよ!?つーかゴルゴだったら駄目だろ!100パー殺すだろゴルゴだったら!!」
神尾が恐怖とパニックでいっぱいいっぱいになって涙だか鼻水だかよく分からない分泌液を垂れ流しながら伊武の胸倉をがくがくと揺さぶっていると、どこからともなく車のエンジン音が聞こえてきた。
揺さぶられつつもいつも通りのテンションで伊武は橘に顔を向けた。
「…橘さん、今って一般車両は進入禁止ですよね?」
「……ああ。危険だから封鎖してあったはずだが…」
「ごめんね。一般車両だけど通らせてもらったよ」
「痛ってぇぇぇぇ!!!」
先輩が左の肩口を抑えながらごろごろと転げ回った。
「痛ってぇ何だコレ!いたたた!何だあいつ!あいつの前世はゴルゴかよ!ブリーフ一丁で狙撃するスナイパーかよ!!」
「先輩!大丈夫っすか!?死んじゃ駄目っすよ!!」
「E缶…E缶をくれぇぇ…!!」
「お前はロッ●マンか。出血は目立つけどこれだったら大丈夫じゃろ」
「痛い痛い痛い!もっと優しく!ソフトタッチプリーズ!!」
仁王先輩が自分のシャツで先輩の肩をぐるぐる巻きにして止血をする。
仁王先輩のくせに珍しく白いシャツなんか着てるから血が滲んでめちゃくちゃ痛そう。
「くせには余計じゃ」
エスパー!?
「…何だか下が騒がしいみたいだよ」
1人我関せずで下を眺めていた千石さんが楽しげに指を差した。その隣で亜久津さんは不機嫌そうにしている。
それを見た先輩と仁王先輩が同じように屋上から下を覗き込んだ。
「失礼…身分証明か免許書を提示頂けるだろうか?現在ここは警察の権限により一般車両進入禁止となっているんだが」
橘は車に乗る男の運転席に駆け寄り、警察手帳を提示してからそう言った。
「そんな事より、ここで何をしているの?ここは僕の持っているビルなんだけど、何かあった?」
「あなたの持ち物ですか…詳細は警察の守秘義務によって話せませんが、ここで事件が起こっているんです。捜査にご協力頂けませんか?」
「……ふーん、お前らは喋らないけど俺には話せって?随分都合いい事言ってくれるね。俺、命令されるのと抑圧されるのと虐げられるのが大っ嫌いなんだよね」
幾分か低いトーンでそう凄むと橘は一瞬怯んだがそれでも言葉を続けた。
「…お言葉ですが、事件の早期解決にはあなたの協力が必要となります。どうかご協力頂けませんか」
「ふふっ、ここで事件が起こったなんて、ありえない事だよ」
男が笑顔で放った言葉を、橘は全く理解できなかった。
「……何を仰っているのか分かりかねるのだが…事件が起こっていないとは?実際、今ここで事件は起こって」
「だから、ありえない事なんだよ。ここで事件が起こるなんて」
おうむ返しで子供に言い聞かせるように穏やかな抑揚で橘にそう言葉を投げかけると、橘は若干苛立ちを覚えながらも冷静に対応をする。
「…捜査を撹乱するような真似は、公務執行妨害になるのだが…」
「橘さん!」
男と橘の会話に割って入るように、石田が慌てて声を挟んできた。
「石田!今大事な話を……」
「それが…無線です………その、警視総監から」
「警視総監!?一体何事だ!?」
橘が慌ててパトカーに戻り無線に出ると、数分間会話が続いた。
それから荒々しく無線を切り、投げつけるように無線をホルダーに掛けた。
「……撤収だ」
「え?」
「撤収だ!皆車に乗れ!!」
「橘さん、何言ってるんですか!今犯人が屋上で人質を…」
「人質は解放される。これ以上言わせるな……皆、撤収だ!!」
今にも爆発しそうな怒りを露にし、橘はパトカーの運転席へ乗ってエンジンを掛けた。
他の警官も状況が飲み込めないまま各々のパトカーへと乗り込む。
一般車両に乗っていた男は車から降り、先程と変わらず笑顔でパトカーの運転席に乗る橘に歩み寄る。
「お疲れ様。これからも日本の平和を守ってください」
わざとらしい口上で言い放つと、橘はきつく男を睨み付けた。
「…お前、一体何者だ?」
「ただの通りすがり…敢えて言うならただのビル所有者だよ」
「……皆、撤収するぞ」
それから数分もしない内にパトカーは全て消え、辺りには一般車両である男の車だけが残った。
「あれあれ?パトカーがみんないなくなったよ?なして?おユキだけしかいないよ?」
「ほんとだ…つーか先輩、怪我してんだからあんま動き回らない方がいいっすよ」
幸村所長が急に現れて、ちょっと警察の人と話したらパトカーが皆撤収していった。
何があったのか全く分からない。まだ誘拐事件は解決してないのに。
「……まったく、仕事をサボって何やってるんだい?」
「わっ、おユキ!」
さっきまで下にいた幸村所長が屋上に昇ってきた。笑顔がいつもよりも黒い!
「えーっと……なんていうかそのー…」
「面子を見れば分かるよ。言い出したのはだね?」
「…あはは、よくお分かりで」
「ここに真田や柳がいたら確実に止めているだろうからね」
笑顔を崩さず俺達に歩み寄る。怖い!怖いよ!!
「……えーと、おユキ、怒ってる?」
「当たり前だろう?…君は最近ちょっとふざけすぎてるんじゃないかな?」
「そ、そんなことないよ!これだってただのかすり傷だし!ばりばり働いてるしこれからも精一杯働く所存で」
「、少し反省した方がいいね。1ヶ月の謹慎処分。今日から1ヶ月はここ、来なくていいよ」
「………え」
先輩が大きな目を更に見開き、口をぽかんと開けた。
「な、何言ってるのさ!この事務所以外に私の家は無いんだよ!?」
「実家に帰ればいいじゃないか。ここよりもずっと安全で、快適な暮らしが出来るんだから」
「それって…あんただって分かってんでしょ!?嫌だよ。実家になんか絶対帰りたくない!!」
「誰に口を聞いてるのかな、」
いつも笑顔の顔から笑顔が消え、幸村所長は今までに無い剣幕で先輩を睨みつける。
「じゃあ、他のみんなは仕事に戻って…ああ、そうだ。赤也」
「…は、はいっ!!」
急に名前を呼ばれ、俺は慌てて返事をした。
「一応、を病院に連れて行ってくれるかな。多分軽い処置で大丈夫だと思うけど、うちの事務所で重症人や死人なんか出たなんて噂が立ったら評判に関わるからね」
俺は幸村所長に病院への地図が書かれた四つ折の紙と茶封筒に入った書類、お金の入った財布を渡された。
その時の幸村所長は、探偵事務所所長の幸村精市とはなんだか違う気がして、今まで俺の中で勝手に形成されてきた所長の全てが崩壊していくような気がしていた。