「ここです」
「……本当にこれが探偵事務所ですか?今にも崩れ落ちそうなのですが…」
「あはははは、そうみたいですよ…うん、多分」
私は木手さんと2人で探偵事務所まで来ていた。
欠陥住宅も真っ青な倒壊寸前の建物の前で唖然としている木手さんの横で、私は一つの使命感に燃えていた。
(絶対に、うちの黒い部分を露呈させてなるものか…!!)
既になんかボロボロと壁の骨組みっぽいものが露呈しつつあるがそこは置いておくとする。
そんな事で頭を一杯にしていると、事務所から恐る恐る一人の男が出てきた。
「あのー…先ぱゴファアッ!!」
私の放ったローリングソバットは、見事に赤也の鳩尾にヒットした。
「こんにちは幼馴染みの赤也君!今日は突然訪問しちゃってごめんね幼馴染みの赤也君!!」
「こ、怖い…先輩顔が怖オゲェフ!!」
二撃目に放ったドロップキックが決まったところで、木手さんが首を傾げた。
「…先輩?貴女方は幼馴染みではないんですか?」
「え、えと、そう、後輩!幼馴染みなんだけど中学の時のレスリング部の後輩なの!いやーもう先輩はやめろって言ってんだけどさ!なかなか癖が直らないらしくて!あははは!」
ばしばしと赤也の背中を叩きながら誤魔化し笑いをすると、木手さんは訝しげな表情をしながらも納得したように頷いた。
「まあ…家が近所なら学区も近いでしょうね……」
あああ危なかったあぁぁぁ!!
入る前からバレるとこだったぁ!ノーマネーでフィニッシュするとこだったぁぁ!!
そこまで言ったらさすがにアホの赤也でも気付いたらしく、珍しく気を効かせてこう言った。
「せ、先輩はいつまで経っても俺の先輩っすよ!木手さん、でしたっけ?お話はあらかた先輩から伺ってます。こちらへどうぞ!」
おお!なんか探偵っぽいぞ!
すげえ顔ひきつってっけど!!
「さ、木手さん。行きましょうか。中には赤也の先輩がいるはずです」
「…そうですね。目的はそれでした」
独特の動作で眼鏡を上げながら、木手さんは探偵事務所の階段を恐る恐る登り始めた。
「あ、そうだ!階段の七段目は飛び越して上って下さ」
ボグシャア
「…遅かったみたいだね」
木手さんの数歩後ろを追いかけるように歩いていた私は間一髪避けることが出来たのだが、勝手を知らない木手さんは見事に階段をぶち抜き階段から上半身を生やす結果となった。
「…そういや、この前台風来たもんねー……」
「そうなんすよ。大分ガタが来てたんすけど、とうとう壊れちゃって…」
「……それよりも、手を貸してくださいませんか」
「あ、すいません!」
赤也と私でそれぞれの手を引っ張りながら、ようやく木手さんを引っこ抜いた。
「さ、どうぞ入って下さ……あれ?」
「おや?切原君、ご依頼の方ですか?」
事務所内に七三分けの眼鏡をかけた青年がいた時、私は内心ガッツポーズをした。
先程送ったメールにはこんな内容を送っておいた。
『警察が来るぞ。捕まりたくなかったら誰かに変装して上手くやりすごせ』
赤也と違って頭の回る仁王は、これだけで全てを理解したようだった。
変装する相手に柳生を選ぶのも、なんとなくは分かっていた。
常日頃から顔の造りが似てるから変装しやすいと言っていたし、柳生は幸村直属の部下じゃない。
それでいて普段の所作や外見からお堅い人間相手に与える印象はうちのメンバーの中ではベストだ。
「切原くん、お客様にお茶をお出しして。ああ…こちらの方はさんの紹介でしたか。いつも仲介有り難うございます」
「いいえ、気にしないで下さい。ここの腕の良さは私も知っていますし、安心して紹介出来るので」
にしても変装が完璧すぎる。
目の前にいるのが仁王だと分かっている私でさえ、本当の柳生かと疑ってしまいたくなる位だ。
「それでは、ご依頼の内容をお聞かせ願えますか」
木手さんは出されたお茶を一口啜ってからこう答えた。
「……この男について調べて頂きたいのですが」
そう言って手帳に挟んであった一枚の写真を取り出した。
そこには、私達が見知った男の顔が写っていた。
「これは…」
「名前は幸村精市、と言いましたか。こちらの事務所の所長とお伺いしています」
「……男の写真を手帳に挟んでおくなんて趣味が悪いですね」
「貴女が曲解しているような趣味はありませんが…職務上仕方がありませんからね」
どこまで確信しているのかは分からないが、木手さんは何かを確信したようにニヤリと笑った。
正直予想外だった。
まさかここまでダイレクトに来るとは…!!
「私達の上司について、何をお知りになりたいのですか?」
「全てです。本業から所内での行動………警察との関係まで、全て」
「どうぞ」
「……これは…」
「私が個人的に調べたものですが、宜しければどうぞ。お代は見て頂いてからで構いません」
幸村精市
年齢20代前半。
身長180cm、A型。
家は有名な資産家であり、個人でも不動産会社を主軸に複数の会社を経営する。
個人資産は数十億とも予想される。
その延長線上で所持しているビルの一つで探偵事務所を経営。
しかし探偵事務所の経営状態は良好とは言えず、利益の見込みは殆ど無いものと思われる。
何故収益の見込みの無い事務所を経営し続けているのかは不明。
また、警察上部との太いパイプがある。
もしくは、本人が警察の上層部に名を連ねている可能性もある。
その可能性として………
「……これは、貴方がお調べになられたんですか?」
「ええ、そうです。彼に不自然な点を感じたのは貴方だけではないという事です」
「情報に不確かな点が多いですが…これだけは否定できます」
「幸村精市が警察の上層部にいるという可能性。これは限りなくゼロに近い」
「…それは何故ですか?」
「簡単な事です。私は立場上上役の方とお会いする機会が多いのですが、この男が警察に居る所は見た事が無い」
「しかし、先日の件もありますし…」
「そうですね…橘君達を声一つで動かせる相手となると、相当な権力が動いてる事になります。だからこそ、上役に彼の名が無い事に違和感を感じるのです」
資料を閉じると、テーブルの上に資料とスーツの内ポケットから取り出した封筒を置き、椅子から立ち上がった。
「もう宜しいのですか?」
「ええ、内容はもう頭に入りました」
入り口のドアの前で一度立ち止まり振り返ると、柳生の変装をした仁王へと向き直った。
「あなたはなかなか頭の切れる人物のようですね。伝えるべき情報とそうでない事をきちんと弁えていらっしゃる…幸村所長もそういった所を見込んだのでしょうね」
「………お褒めの言葉、有難く頂きます」
あくまでも柳生として対応した仁王の言葉を聞いてから木手さんは事務所を出て行った。
「危なかったー……」
「先輩!あの人何なんすか!いきなりやって来て」
「いや、むしろ私が聞きたいよ……事務所内を隠すのに必死で何も聞けなかった」
「俺らはエロ本か何かか」
元の声色に戻った仁王はウィッグを取り、めんどくさそうにぶんぶんと頭を振った。
「え、あれ!?仁王先輩!?」
やっぱり気づいてなかったこのアホ。
「てっきり柳生先輩が帰ってたと思ったっす……」
「お前が入り口でを待っとったのにそれは無いじゃろ…それより、」
「ん?」
「……そろそろ、全てを知った方がいいかもしれんの」
いやに真剣な表情でそんな事を言うもんだから、そこで私の安心していた心中は不安に駆りたてられた。
「……それってどういう…」
ボグシャアアア
「……もしかして…」
窓からこっそりと外を眺めると、階段の10段目をぶち抜いた木手さんが上半身を生やしていた。