「やあやあ諸君!さんの復活だよー!!」


この上なく鬱陶しい自己主張と共に、先輩は幸村探偵事務所に復帰した。




「おかえり、
「おユキ!」
「その様子じゃ怪我も大分良くなったみたいだね」
「もちろん!一ヶ月大人しくしてましたもの。実家帰って普通の女子高生してましたもの!」


嘘つけ。

そんな事を内心毒づく俺の内心を汲み取ったかのように、幸村所長はこう言った。


「そっか。じゃあこのセーターについてる長い白髪は何だい?」


先輩は笑顔のままびしりと固まった。




「ね、猫の毛です」
「へえ、こんな長い髪の猫がいるんだ」
「ほんとだもん!猫の毛だもん!!体毛50pの猫がいるんだもん!
そんな気色悪い猫が居るわけないだろ!何処のどいつの毛よ!大人しく吐きなさい!
幸村。今お前浮気の証拠を見つけた彼女みたいになってるぜぃ

幸村所長と先輩がキーキーと喚きながら喧嘩を始めた時、最悪のタイミングで原因を作ったであろう張本人がやってきた。


「おはよーさん…ん?、今日復帰か」
「馬鹿おまっ、なんつータイミングで…!」
「……仁王、ちょっと…」

幸村所長はやってきた仁王先輩の腕を掴み、外へと連れ出した。




「……あーあーあー…南無三」


そう言って先輩は胸の前で十字を切った。
宗派がごちゃごちゃになってるがそこは突っ込まない方がいいんだろうか。




「上手くごまかしてくれりゃいいんだけどなー…」
「何お前、実家帰ってなかったのか?」
「そこは全力でスルースキルを発動させて頂きます」

ブン太先輩はこの一月、先輩に何があったかを知らないようだった。

信用していないのか、ただ単に口を滑らせそうだったからなのかは分からない。
ただ、意図して話さなかったと言うことは確かだろう。


……仁王先輩と幸村所長、何話してるんだろ










は一ヶ月間、君の所に居候してたのかい?」
「なんの事かさっぱりわからんぜよ。あいつは実家に返してたんじゃなかったかの?」
「……だから、それを聞いてるんだよ」
「なら本人に聞きんしゃい。お前が無理強いすればは絶対に本当の事を吐くじゃろうに」
「………」
「…お前さんは分かりにくいんじゃ。そんなんじゃ本音は誰にも伝わらん」


お互いに笑顔を見せ合い表面上は和やかな雰囲気を取り繕っているが、場の空気は恐ろしい程冷え切っている。



「……君は、何を知っているんだい?」
「何の事を指してるか皆目検討もつかんが、多分…お前が思ってる以上の事じゃ」


その一言で、幸村の整った顔に青筋が浮き上がった。








「うわー…絶対零度だね。周りの生き物が活動停止しちゃうよ!」


幸村探偵事務所の外で腹の探り合いと言う名の仁義無き戦いが繰り広げられているのを事務所の一階から眺める影が2つ。

誘拐と器物破損の罪状で公には現在行方不明中の千石と亜久津である。


「いやあ、なかなか見応えがあるねぇ!」
「その辺にしとけ。趣味悪ぃぞ…それより、これからどうするつもりだ」
「え、なにが?」
「何がって、お前…俺達一応犯罪者だろうが。こんなセキュリティも無いボロビルにずっと留まってていいのか?」

もっともらしい亜久津の意見に、千石はうーん、と愛想笑いをしながら言った。



「…まあ、最強のセキュリティがあるわけだけどね…ある、というかいる、って感じだけど」
「あ?」


視線は外を眺めたままそう呟く。
その視線の先には、相も変わらず睨み合う男達の姿があった。



「でもまあ、この辺が潮時かな……恩も十分返して貰ったしね」








あれから、おユキは私に何も聞いてこなかった。

その無言の圧力に若干ビビりながらも、私は知らぬ存ぜぬを貫き通した。


「……これでいいのかねー…」
「…ミニスカートで椅子にあぐらかいて座るのは良くないと思うんじゃが。パンツ見えとるぜよ」
うるせーな、見せてんだよ
そんな斬新な切り返しは初めてじゃ


そんな事をぐだぐだと考えている内に、普段は暇で暇で仕方がない時間はあっという間に過ぎていった。







「それじゃ、戸締まりはきちんとして下さいね!使わない電気はすぐに消すこと!水は出しっぱなしにしない!」
「はいはいはい!毎日言わなくても分かってるって!」
「あと、冷蔵庫に俺が家から持ってきたおにぎりが入ってるから、外で焚き火して温めて食ってくださいね!
途中まで母親みたいとか思ったけど、あんたも相当野生に帰ってきてるね

電子レンジ?うちにそんな文明の利器は無いよ!


とりあえずおにぎりはガスコンロで焼いて食べました。
こんな建物が密集した路地で焚き火なんかしたら近所迷惑この上無いからね!








「くー…くかー……」

古びたソファーに毛布一枚被って爆睡するの枕元に、影が忍び寄った。


「……ちゃん、起きて、ちゃん」
「…んがっ?」
「あ、起きた…というか、8時には就寝って、君どこの小学生だい?」
「…4時には起きるけど」
「おっと、それは小学生というよりむしろご老人だね!」

けらけらと楽しそうに笑う千石の声で完全に目が覚めてしまったのか、はソファーから身体を起こした。


「…つか、あんたどっから入ってきたの」
「普通に窓が開いてたよ」
「……!!」

はその言葉にショックを受けたように項垂れた。


「…え?ちゃん、どうしたの?」
「……野生に帰り気味のオカンに怒られる…」
「?まあよくわからないけど…俺、用があって来たんだ」
「……用?」


その言葉には顔を上げると、千石は寂しげな印象を受ける笑みを見せた。




「うん。しばらくの間…いや、もしかしたら今生の別れになるかもしれないけど……俺達はここでお別れだ」
「え」


言葉の意味が理解できず、はきょとんとした顔を見せた。



「え、ちょっ…本気?」
「本気だよ。俺達、一応追われてる身だからね…幸村くんと言えども誤魔化しきるのにも限界がある」
「…おユキに何の関係があるの?」
「……そうか、知らないんだね…」

千石はの頭をポン、と撫でてから立ち上がった。


「君がどこまで覚えているのかは知らないけど、彼は義理堅い、真面目な奴だよ。良いか悪いかは別としてね」
「ちょっと待って、どういうこと?全く読めないんだけど!」
「俺はそろそろ知るべきだと思うよ。この幸村君の事。そして、この探偵事務所の事」

外で車のエンジンが掛る音がする。
千石は窓枠に足を掛け窓から勢い良く飛び降りると、軽トラックの荷台に着地した。


「じゃあね、ちゃん。短い間だったけど楽しかったよ!」
「ちょっと待ってよ清純!なんか意味ありげな言葉だけ残して行くな馬鹿野郎ー!!!」




「良かったのかよ、肝心な事は何も言わなくて」

軽トラックの荷台から助手席に移った千石に、亜久津はトラックを運転しながら呟いた。


「いいんだよこれで。俺が言うのは簡単だけどさ、やっぱり真実は自分で探すべきなんだよ」
「………」
「大丈夫、ちゃんならきっと分かってくれるよ。それより何処に行こうか?金だけは無駄に有り余ってるから、旅行でも行く?」
「お前と二人きりで旅行に行くくらいなら金をドブに捨てた方がマシだ」


煙草の火を揉み消すとアクセルを思い切り踏み込み、軽トラックは夜の街に消えていった。
















その頃都内のマンションの一室では、ノートパソコンの光が一人の青年を照らしていた。
銀髪を指先で弄りながらパソコンを操作し画面に目的の情報が表示されると、指先の動きが止まった。





「柳蓮二…警視庁警護科のSP、か……中々、裏は根が深いようじゃの」